雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

超絶めんどくさい条件付きの愛を無条件の愛だと勘違いしている風潮について

無条件の愛というのは、読んで字の如く、無条件でなければいけない。

だから愛を与える相手に見返りを求めちゃダメなんだよーwというのが痛切だけど、相手に尽くしてる時点でそれ条件だから。

よく母の愛は無条件、なんて寝言を聞くけど、子を養ってる時点でそれすでに条件だかんね。

 

本当に無条件を貫くなら、子がどこで何をしていようと関係ない、餓死しようと事故死しようと関係なく愛さなきゃいけない。餓死させないように食事を与えている時点で、「生きてる子は好きだが餓死した子が嫌い」という条件を与えている。

 

餓死はさせたくない、できれば清潔で安全な場所にいてほしい、それがまず最大のエゴだから。てところを認識しないと母と子に多大な犠牲を強いる聖母信仰は無くならない。

 

 

 

私は本来の意味での無条件の愛は割とデフォで持っている。でも、母の愛的な利己的な愛はいまいち抱けない。子でも恋人でも、そいつがどこで何をしていようとどれだけ苦しんでいようと別になんとも思わない。ただ、私は彼らを含む全ての存在を愛している。かつて私を犯した男に対して怒りを感じたことは一度もない。5歳の私は天井のシミを数えながら、ただ哀れみと慈愛を抱いていた。

私にとってはそれが普通なんだけど、多分これは普通じゃない。

 

多分、普通の人ってのは、本来の意味での無条件の愛は微塵も持ってなくて、代わりに利己的な愛を抱くのだろう。我が子に立派になってほしい、恋人に優しくしてほしい、そんな条件をつけて尽くして、報われなかったら何が原因かすら分析できずに立ち尽くす。

恋人のために着飾って、ご飯を作ってあげて、我が子に授乳しておしめを代えてあげた時点で積んでたんだよー。