雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

恐怖が他者への暴力にすりかわる逆ギレ心理の構造について

問題点を指摘されたときに「じゃあどうしろって言うんだよ!」とかなんとか叫びながら物や人に殴りかかってくる人たちを見るたびに不思議に思う。あれどういう心理ってずっと不思議だった。

 

 

めっちゃ大変で追い詰められた心境のときに正論を吐かれると超むかつく、というのは分かる。彼らは無知故に暴力的な言葉を吐いているだけだと理解してはいるけれど彼らの無知を憐れむ心とは無関係に、正論吐いてすっきりしてる馬鹿は死ねばいいのにって思ってる。身体的にあるいは言葉やしぐさで暴力を受けたときにこちらも暴力で抗するのも分かる。私を馬鹿にするような奴にまで優しくしてやる義理は無いから倍返しでお返しする。

私は非常に極端で苛烈で自己中だと自負している。私は私を傷つけた奴なんかもっと傷つけばいいって平然と思っている独裁者向きの性格だ。

 

なんだけど、正論吐かれたときに暴力をちらつかせる人の気持ちって良く分かんない。

まず追い詰められたときにとっさに暴力という手段を選ぶ心理が分かんない。暴力はある種の状況下では有効だから戦略的に暴力を選ぶ状況というのは分かる。でもギリギリの追い詰められた状況下で本能的に暴力というコマンドが発動するのは分かんない。

 

そしてそんな追い詰められた暴力が、他者に正論吐かれたときなんていうどうでもいいときに発動しちゃうのも分かんない。いやたしかに超むかつくけどさ、暴力を選ぶほどのことか?

ヤクザのように暴力で相手を支配しようというのは非常に不本意ではあるが一定の場面では有効なのだろうと思う。でも大声や拳で相手を怯えさせ正論を吐く他者を黙らせようとする行為は、なんだか不可解だなと思ってしまう。

泣いたり自傷したり奇行に走るのも同じ。過呼吸になったりキチガイじみた行動をしちゃうことは誰でもあると思うんだ。いわゆるかまってちゃんというのか、そういった行為を他者を支配するために利用する人がいるのもまだなんとなく分かる気がする。でもそれらの行為が正論を吐く他者を黙らせるために行われているとき、私はどうにも芝居じみた滑稽さを感じて塩対応してしまう。

 

 

どうして私は彼らをうそ臭いと感じてしまうか、というと、おそらく もし私だったらそんなことしない→だから彼らは演技をしている という理屈が私の中にあるからだろうと思う。私だったら、正論を吐く他者を暴力でもって黙らせるなんてこと思いつきもしないから、なんかうさんくさく感じてしまう。

 

ほんとあれどういう心理なんだろね。殴れば正論を吐かなくなるとでも思っているのだろうか。むしろ相手の思い込みを強化して調子づかせるだけじゃん。なにやってんのって思う。正論を吐く低脳には自分の頭が豚以下であるということを叩き込んでやるのが親切というものだ。・・・とか品の無いこと書くから誤解されんだろなぁ、と思いつつ面倒なのでまぁいいや。言葉の裏を読み取れない低脳には自分の頭が豚以下であるということを叩き(ry

 

あー、そっか。私は馬鹿の心を粉砕する術に長けていて、暴力なんていうハイリスクな方法を選ぶ必要が無いんだ。

それから、私はとても恵まれていて暴力なんていう不合理な方法を選ばざるを得ないほど追い詰められていない。

 

んー、でも不思議なのは、私よりずっと恵まれてるっぽい人が安易に暴力に訴えることなんだよねぇ。ちょっとほっぺた叩かれたとか、会社の上司に絡まれたとか。その程度でなんでそんなに追い詰められてんの?って。いやストレスは当事者にしかわかんないからその程度で傷つくなとかじゃないよ。そういう話ではなく、冷静に対処すればたいしたことない状況で、かつ、普段は冷静な対処ができる人なのに、なんで急に一足飛びに暴力なんか選択したんか、ていう。

そういう時はたいてい、ふんふんって話を聞いてると本人が自動的に冷静になって「なんでオレこんなに暴力振るいたくなったんだろ?」みたいに当事者が一番不思議がってる。本人にすら一体どこが地雷だったのかが分からない。

 

わからんなぁ。