雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

閉鎖病棟の鉄格子が恋しい。

今市場調査してるんだけど、情報を噛み砕きすぎて意味わかんないし何百万も投資しなくたって数千円程度の価値の情報じゃん。なにカルピス薄めてんのバカじゃないのって思ってる。普通に概要書き出せばA4一枚で終わる程度の情報をやれ音声だ動画だって薄めまくって売りつけて、なんなの自分の商売が恥ずかしくないの。

でも普通の人にはカルピスの原液はとてもじゃないけど消化できなくて100倍や1000倍に薄めたカルピスをありがたく押し頂くらしい。薄めまくって何も検証してない論文が溢れかえってて基礎研究から自作しなきゃいけない。目の前に明確な答えが転がってるのになぜ誰も法則を見つけられないんだろう。もしかしたら普通の人は目が見えないのかな??

 

あんたの脳みそが最新のスパコンなら普通の人の脳みそは電子手帳レベルなんだよわかってあげなよ、って言われるんだけど、ほんと、普通の人の脳みその中身がどうなってるかぜんぜんわかんない。想像もできない。頭おかしいのかな私。

誰にも見えないものが見えて、誰にも触れないものに触れて、誰にも聞こえない声と語らって、その感覚は誰にも共有されない。それってつまり狂人ってことだ。狂人と天才の境目は、狂気を現実に反映させることができるかどうか。ゴッホは向日葵を描いたから天才になったけど、絵を描かないゴッホはありふれた狂人の一人にすぎない。もっと言えばゴッホの弟が向日葵の絵を商業的に成功させたからゴッホは天才になったけど、売れない向日葵の絵を描くゴッホは傍迷惑な狂人でしかない。

でも私にしか見えないものを現実の形にまで引きおろす作業はとても孤独で、さらにそれを商業的に成功させる作業は有象無象の大衆を従えるってことで、そんなことをするくらいなら狂人に甘んじていたいと思ってしまう。

別に病院で一生過ごすのも悪い人生ってわけじゃないし、ずっと妄想と戯れているうちにいつのまにか寿命が来るとかむしろ良い人生だと思うんだけど、でも私そこまで他者を信頼できない。病院で一生過ごすとか、狂人として何も成し得ず誰かに養ってもらうとか、それって介護者や国家に自分を丸投げするってことで、つまり介護者のオモチャに成り下がるってことだ。一度そういう生活やってみたんだけど、すっごい怖くてすぐやめちゃった。介護者のオモチャは自殺すら自由に実行できない。

 

hedgehogx.hatenablog.com

 

やっぱ自殺する自由くらい好きに行使したいよね。

というわけで、市場調査がんばろうという話でした。