雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

医療の偽善についてと、馬鹿に対する愚痴いろいろ。

なんだろ、ときどき、当たり前の結論にたどり着くまでにとてつもない無駄な時間をすごす普通の人達を見て悲しくなる。

 

喉や腹に管つっこんでベットに縛り付けられて寝返りもできずに生かされている年寄りを見て「人生めちゃくちゃ楽しそう」と思う人は病んでるかサイコパスだろう。それでも、家族が死にそうになったときに多くの人は延命を望む。

人はいつか死ぬ。医学は万能ではないし、死期が近づいた人にとって時に医療処置は拷問でしかない。我々は死の前に無力で、ただ運命を受け入れることしかできない。

でもその事実を受け入れられる人は少ない。

 

人はだれでも死ぬ。こんな簡単なことすら受け入れられないとか、ほーんと馬鹿だよねぇ。こんな馬鹿のために本気で病んでた頃の自分を殴りたい。

なんか、はじめて病院に見学行ったときに包帯で手足を縛られて喉に管突っ込まれて暴れてる年寄りとかゴロゴロいてさ、そんなひどいこと私にはできない、耐えられないって言ったら欠陥人間扱いされてさ、まぁそれで医者になるのあきらめたわけなんだけど。患者の意思なんか関係ない、家族の意思が最優先だって言い切られた。うるさいこと言って騒ぐのは家族だから。病院に閉じ込められている患者は裁判で証言できないもんね。

 

なんだか、普通の人って思考のスピードがナメクジ並なんだなってことが分かってからはいろいろと優しい気持ちになれるようになった。

しょうがないよねナメクジなんだから。ナメクジはナメクジだからトロいのであって別に意地悪しようとしてるわけじゃない。だから喉や腹に管を突っ込むのも彼らの中では正義なのだろう。早く死にたいと叫び続ける人に認知症だとか統合失調症だとか病名をつけて鎮静剤を投与するのも親切心なのだろう。ちょっと信じらんないけど、多分そうなのだろう。

 

私にはどう考えても鬼の所業に見えるものでも、当人は親切だと思ってる。それはまぁつまり介助者や医療側の自己満足のオナニーでしかないわけだけど、そのことを認めることすらできない知能指数の方々にとって偽善と親切は同義なのだろう。区別できないものの間に差異は存在し得ない。

 

馬鹿は自明の結論に帰着するのにもおっそろしく時間がかかる。しょうがないよね馬鹿なんだから。悲しいことだけど彼らは馬鹿だから。決して意地悪なわけではなくただ愚直に馬鹿としての使命を全うしているだけなのだから。

 

 

泣いてなんかないやい(ノ_・。)