雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

結婚が強迫観念になっている社会

なんかいろんな意味ですごい記事見つけたから感想書く。

これ釣りかなぁ。釣りだといいなぁ。だけど仮に釣りだとしてもこんなに注目を集めるということはこういった話題が多くの人に強い印象を与えうるということで、そのことはよく考えなくてはいけないことだと思う。

anond.hatelabo.jp

 

前回の記事で「自分も他人も病むことを許していないエコノミックアニマルがモンスターペイシェントと化している」みたいなこと書いた。なんか最近の日本って挫折や回り道や病気や死をすごく忌避していて、そういう風潮はロマンティックラブイデオロギーの台頭と同期してるなって所を最近考えている。

 

結局、現代日本では弱さを受け入れてくれる人が配偶者しかいないんだよね。

 

友人は困窮したときに助けてくれない。

職場で甘えは許されない。病気になっても仕事を休めない。

子育てなんてもっとダメ。子供がいるっていうだけで全ての人から責められる。

 

弱音を吐いたり病気になったらすぐに見捨てられる。友人も同僚も上司も子供も都合のいいときだけたかりにくるけどこちらがつらいときには支えてくれない。誰も受け入れてくれないから常に働き続けなければいけないしマトモでいつづけなければいけない。

そして私自身も誰かにとっての友人や同僚や上司や子供であるのに、彼らに敬愛を抱いているのに、彼らの配偶者ではない私には彼らを支える権利は無い。

それはきっついよなぁ。

 

だからみんな必死で仕事するし、仕事しない人を叩く。

そして安心を求めて必死で結婚しようとするし、結婚しない人を非難する。

 

結婚って、せいぜい税制上多少有利だから籍入れとくか程度のもんであってそんな大層なもんじゃないよ?そこにに社会保障や労働力の再生産や子育てやなんやかんやをひっくるめて押し付けて過大な夢見るのやめたらどうかな。

お釈迦様の垂らした蜘蛛の糸みたいに、みんなでよってたかって結婚にたかって結婚できない人を蹴落として、それって誰も得してないよね。

 

 

うーんと、じゃあどうすればいいかっていうと多分、結婚に一点集中してしまったセーフティネットをもう一度拡大していく必要があるんだと思うんだけど、でもそれってもしかしたら古き悪しき五人組みたいなドロドロした関係を再生することにつながるのではないかという懸念もあって、どうすればいいのかな、っていうのを考えてる。

 

とりあえずどんな些細なミスも絶対に許さないという病的な社会情勢をどうにかするのはどうだろう。電車は遅れるのが普通だし水道や電気は時々止まるのがあたりまえ、くらいルーズな国民性になってみたらどうかな。