雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

他人ばっかたたきたがる人達のロジック

たしか橋本治がどっかで「自分のことを考える」がそのまま「相手のことを考える」になってしまう人がいる、みたいな話をしてたんだけど、もしかしてそういう人のが主流なんかな。

もしかしたら「自分が何を感じたか」が「相手が何をやらかしたか」に滑らかに繋がってしまうタイプの人というのが社会の大半を占めるのではないかと思ってすこし慄いている。

 

最近ちょっと炎上してたPTAが必要かどうか論もそう。PTAマジ意味不明だしもういらないんじゃね?という意見は、PTA活動に存在意義を見出してる人にとっては自分たちの人生観を否定されているかのように聞こえてしまうからこそあんなにヒステリックに反対してくるのだろう。

 

運動会は絶対必要だし、地域交流も絶対必要で、だから現状のPTAには意義がある、みたいなこと言われてもさ、いやおまえの価値観なんて興味ねーよっていう。奉仕活動が好きならやりたい人だけで勝手にどうぞ。

て言うとさ、ベルマークは子供が自主的に集めてるんだとか言い出すんだよ。自主的ってねぇ…。私が子供の頃にも建前上はベルマークは子供が自主的に集めてたし地域清掃は子供が自発的にやってたし能天気な大人はそれを無邪気に信じていたけどさ、それ別に自主的じゃないじゃん。強制じゃん。サボったらハブられれんじゃん。自主的に楽しくベルマークをあつめることができるのは健全な肉体と健全な精神をお持ちのスクールカースト上位者だけだということを大人はいとも簡単に失念する。学校という閉鎖組織の中での自主性なんてそんなの信じてる時点で頭おかしいよ。

 

PTAも強制参加じゃなくてみんな同意してるとかいいだすんだよね。

でもさ、保護者は子供を人質にとられてるわけ。親と子供の癒着を強制するPTA擁護派のオバハンは親の言動のツケを子供に向けることに罪悪感すら感じないわけ。そんな中で反対も改革もできるわけないじゃん。

 

結局彼らには私達の苦悩は無かったことにされて、ベルマークは子供が自主的にあつめてて運動会は子供にとって有意義なイベントで、そうじゃないかもしれない可能性はすべて揉み消されて、都合の悪いことを見なかったことにできる頭の悪い人達がうらやましいなと思いました(こなみかん)