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雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

他者を見下すという戦略を拒絶する思考回路は一体なんなのか

この世には恐ろしいほどのバカが恐ろしいほどの数存在している。

なんて言うと必死で否定してくる人が多くて一体あれなんなのって思っている。

 

他者を見下す、というのはわりと平和な戦略だと思うんだけど。

他者を自分と同等に扱うとか平等だと思うとか尊敬するとか尊重するとかのがよっぽど暴力的じゃん。

 

お気楽に同等だとか平等だとかのたまう人達というのは、本質的に他者を自分と同質のものだと思っている。相手が自分と同じことを考え、感じ、行動するのだから尊重しよう、という思想の根本には他人と自分が同じ人間であるという幼稚な同一性がある。

私はこれをされたい、だから他人も同じことをされたいに違いない。私はこれをされたくない、だから他人もこうされたくないに違いない。

なんて傲慢なんだ。

 

他人なんてゴキブリやブタと同じ。薄汚れて不合理で何が正しいか考える知能すらない。ただメディアの喧伝するキャッチコピーに踊らされる、飼い主に尻尾を振ることしかできないイヌみたいなもん。世の中に人間様は私一人しか存在しなくて、私の知性は畜生にはわかんないんだよ。

って、思ってるほうがよっぽどマトモじゃね。

 

そりゃね、お釈迦様やキリストみたいな人ならね、自分と他人は違う存在だということを理解した上で他者を尊重できるのかもしれない。他者のナラティブは自己のナラティブとは全く異なる、とかそんなキレイごとで真理に到達できるのかもしれない。

 

だけど普通の人間にそんなん無理じゃん。少なくとも私は、他者への尊重を貫くことのできた人を知らない。他者に介入できる力を持ちながらも他者の選択を尊重し続けることができるほど人間という生き物は強くない。

だったらさ、もういっそきっちり見下したほうがずっと誠実な在り方だと思う。

 

もうほんとそこで病むのやめてほしい。だったらブタがブタらしく汚らしく生きるのを見下しながら飼育してやるのがお互いの平和のためじゃん。しょうがないよ彼ら人間じゃなくてブタなんだから。ブタに論語説くようなことあきらめてさ、ブタにはブタ語で話しかけてあげなきゃ。