雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

自閉症の感覚過敏がイラつくのはなぜか

こういうこと言うと怒られるんだけど、自閉症とかADHDとかASDとかの人と話すのはすごく疲れる。

相手にだっていろいろ言い分があるんだろうけど、私の目線では健常者は彼らに対して一方的に接待して差し上げなきゃいけない状態になっててなんで私がこんなに気を使ってあげなきゃいけないの、て気持ちになる。しかも感謝されない。いや感謝されないのではなくて、私の望む感謝の態度が得られないというべきなのかもしれないけどとにかく報われない。

 

で、そういう人の感覚過敏ってやつもなんかもうほんとムカついてしょうがない。

おそらくこの点に関しては多分に同属嫌悪を含んでいて、私も感覚は相当過敏なのに彼らの感覚過敏は私の感覚過敏と決定的に違っているから、感覚過敏なんて嘘じゃないの、私をムカつかせるためにわざとやってるんじゃないの、みたいな被害妄想めいた気持ちになる。

 

だって彼ら過敏とか言うくせにぜんぜん過敏じゃないんだもの。

触覚過敏だっていうなら触るだけで板ガラスのメーカーと作成年代くらい分かるよね。嗅覚過敏なら洗濯後の臭い嗅ぐだけで誰のハンカチか判別できるよね。聴覚過敏ならまさかマイク通した音と生音の違いが分からないとか言わないよね??

みたいな。

私にとって感覚過敏というのは世界が全て平等に拡大され目前に迫ってきてしまうということなんだけど、彼らにとっての感覚過敏は非常に恣意的だ。彼らは平然とジャンクを貪るくせに都合の悪いことだけ過敏だと言い訳している、ように見える。

 

てことで、私にとっての感覚過敏と彼らにとっての感覚過敏はどのように定義されているのだろうというのが長年疑問だったのだけどこちらの書評を見て納得いった。

「自閉症と感覚過敏」レビュー・感想前編 むしろ感覚過敏が自閉症を形成する? - decinormal

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そういうことかぁぁぁ!

 

自閉傾向というのは、ある特定の刺激を非常に過大に受容し、その他の刺激を見落としてしまうこと、らしい。

いやでもそれって『過敏』じゃ無いよね。もっとなんていうか、恣意性とか選択性とかアンバランスとかなんかそういう用語のがしっくりくるんじゃね。て気がしなくもないけど。

 

そして、私はなぜ自閉傾向のある人にイラつくかというと、彼らは彼らの感覚を好き勝手に選んでいるのに私はそのことに対して気を使わなきゃいけないという不平等があるからなのだと思う。

例えばこれが単純に、すごく耳のいい人がいて耳障りな音に耐えられない、というのであれば私はその人の前では静かに話して物音も立てないように気をつけていればそれで済む。でも自閉の人は時と場合によってあるときは物音に過剰に反応するくせにまた別の時には爆音で音楽を流さないと耐えられないとか言い出して基準が一定でないから周りが空気よんで臨機応変に対応してあげなくてはいけない。なのに彼らは他人の空気を一切読まず好き勝手やっている。という不平等が生じる。私はそこにイラついている。

 

自閉傾向のある人にとって、どの刺激を過大に感じてしまい、どの刺激が見落とされてしまうかは個人や状況によって変わってくるから本人にもどうにもならない、らしい。

だからほんと別に彼らが悪いとか意地悪してるとかじゃないのだろうけど、それを理解したいとは思うんだけど、忙しいときとかはほんと迷惑。