中学生にビンタしたオッサンを擁護する人が多くてすごく驚いてる。
え、なにそれきもちわるいんだけど。
現代日本って気に食わないやつは片っ端から張り倒していいわけ?ここ北斗の拳の世界だったっけ??
そんで体罰擁護派の言い分をみてみたら、これただの生存者バイアスじゃん。
体罰受けて育った僕たちは失敗作みたいなことを言われてるような気がしてどうも納得いかないんですよね
いやまごうかたなき失敗作だろ…
体罰でなきゃ学習できないとか犬以下じゃん。
体罰を受けて育った僕らはなんか変な大人になってないじゃないですか、屈折してたり、なんなら普通の若者よりも常識があるわけじゃないですか
十分に『屈折した変な大人』になってんじゃん…
自分が殴られてきたことを肯定するために他人が殴られることを推奨するってどんだけ迷惑なの。いい年した大人がやることじゃないよみっともない。ほんと常識がなくて屈折した変な大人だよこいつ。
なんなんだこの気持ち悪い空気。
まず、暴力は劇薬、みたいなことを言うのがすごく納得いかない。
私としては暴力が有効だった場面をまったく知らない。殴られても誰もいうことなんて聞かないじゃん。反抗されるだけじゃん。私自身もめちゃくちゃ反抗したしめっちゃ復讐したし、そういうもんじゃないの?すごく非能率的だと思うんだけど。
そんなものすごく非能率的な手段を能率的だと思ってしまうって、いったいどんだけ指導が下手なの。
昔犬を飼っていたんだけど、そんでまたそいつが人間で言うところのADHDで小型犬のくせに大型犬用の首輪を引きちぎるほどのバイタリティがあって、こりゃもう殴ってしつけるしかないんじゃないかとなったことがある。だって犬だし。言葉通じないし。5キロしかないちっちゃい体で体当たりして壁や床に穴を開ける奴だし。
でも結局体罰はぜんぜん効かなかった。
叩けば萎縮するし一生懸命言うことを聞こうとするけど鬱憤が溜まるのかさらに衝動性が増して吼えたり噛んだり物を壊したり、どんどん状況が悪化していくだけ。そりゃまぁ人間だって一方的に叩かれてたらグレるよね。
そして結局、広々した庭で放し飼いにして頻繁にドッグランにつれていったり山で離したりして思い切り走り回らせることにした。そしたら手のつけられない暴れん坊だった犬が、ものすごく賢い猟犬になった。私がほしかったのはかわいいペットであってウサギやネズミを狩ってくる猟犬じゃなかったんだけどね…。田舎に住んでてよかった。
思ったんだけど、他人に言うことを聞かせるためには「おもわずやってしまうくらい楽しい仕組み」を作るのが一番能率的で、規則や罰則で縛ろうという発想自体がもう既に悪手なわけなんだけど、そのあたりまったく知らない人がすごく多い気がする。
都ファの禁煙条例とか、離婚後の親子面会を強制するとか、そういうやつ。
禁煙しろとか面会しろと命令するのではなくて、禁煙したくなるようなシステムを作るべきだし面会したくなるようなサポートを充実させなくてはいけない。てかそもそもそんなにタバコに害があるならタバコ販売禁止にしろよと。そこは利権が絡むからやりたくない、じゃあ個人に責任を押し付けよう、みたいな発想。
あと給食残すな運動もそう。
これ私リアルでやられたことあるんだけど、結局学校中でさらし者を作って無理やり口に給食詰め込んでデブが増え、最終的にビニール袋に残飯を詰め込んで家に持ち帰って捨てるようになった。そんなことする前にもっとおいしい給食出せば解決なのに、予算と人手が必要な部分は解決せずに現場にすべて押し付けようとする。
学校の宿題もそうだよね。
こういうのが当たり前だと思っているから、体罰というキングオブ悪手ですら容認してしまうのだろう。