雑記帳

リベラルでもフェミでもないただの愚痴

リベラルの加害性とやらを考える

せーの、

 

この後に及んで安部政権を支持するのは肉屋にすりよる豚!!

 

いやもうなんていうか、令和は馬鹿が可視化された時代なんじゃないかと思うんだ。

「だってぼくたちがんばったもん!現場の兵隊さんのがんばりを否定するのか!」みたいな理屈を信じちゃうし、災害時に表だって活動していると「悪夢の民主党」になっちゃって影薄くフグ食べてればすぐ忘れてくれる。そんなゴリラ以下の生物が人間の皮を被って一定数生息しているということを我々はやっと知れたんだと思う。たぶん鼠が猫と犬に進化したように、ヒトもだいぶ前から馬鹿と馬鹿以外に進化してたんだろう。あと1万年もすればきっぱり生息地が分かれて、馬鹿は地底に這いつくばって馬鹿以外は人造ドームの中で文明生活するのでは。

いやでもそういうね、想像を絶する馬鹿が存在するのならその存在にダメだしするのは無意味で、いるんだからいるという前提で話をしないといけないと思う。

ぶっちゃけやろうと思えばアレとソレを混ぜてアレして地下鉄で蒔いてごにょごにょしたりして汚物を消毒することだってできるけど、でも私はそれをしない。私以外の大多数もそれをしない。私は私だけの理想を実現することより衆愚とともに歩むことを選ぶ。それが人類であり生物であると思うから。

 

だからまぁとにかく、馬鹿をどう飼いならすかをきちんと考えてお互いのために棲み分けするべきだと思う。

できれば安部政権を信じる人たちだけで火星に移住して自分たちの国を作ってほしいしなんなら私が火星に移住したいんだけど、でも彼らは「みんなおなじ」が絶対正義なので、それはもうそういう習性として受け入れて馬車馬にブリンカーをつけるような対処法を考えてあげるのが馬鹿じゃないほうの人類の責務だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

ていう風にね、考えてね、いくとなかなかよき回答が導きだされると思うし、こういう思考の出発点は「あいつらと私は根本的なところで相いれない」かつ「私には現状を変えるだけの力がある」であって、それをまとめると「あいつらは馬鹿、私は賢い」になる。馬鹿だと罵るのは、私と根本的に相いれない他者であること、私と共通の目標を持つことも協力することも不可能であること、相手を改心させず、相手に考えを改めるよう努力を要求することも無く、相手に気づかれずに状況を変えて共存することを目標にする、という意味で、相手は対話可能な存在ではなく地震や台風のような克服すべき自然現象だ。

こういう、他者を変えずに状況を変える考え方をするのは解決に必須だと思うんだけどこれやるだけでヒステリー起こす馬鹿がもうどうしようアレとアレをソレしてナニしてやれば少しは片付くだろうか。

 

で、こういう徹底的に自分目線から出発するのは前回考えた加害者心理にもつながってて、強者というのはこういう風に自分を紐解く必要があるんだと思う。なのにこれをやろうとすると怒られが発生して役に立たない無限反省ムーブを求められる。このあたりをもうちょっと考えてゆきたい。