雑記帳

リベラルでもフェミでもないただの愚痴

家で優雅にすごせる貴族様にギロチンを

安倍首相が家で優雅にお過ごしになっている動画を投稿して炎上していた。国会議員の収入は減ってない発言といい、神経を逆なでするのが上手い人だ。なかなかこうはできない。
批判よりやることがある、大切な人を守ために多少収入が減っても自粛するのが当たり前、それができないのは他人を見殺しにする残虐な人と因果関係を理解できない低能、みたいな発言が連日タイムラインに流れてくる。


これあれだ。マリーアントワネット。


そら他人が死ぬより死なないほうがいいけど、自分が失業してホームレスになって凍死するよりは自分じゃないジジババが死んだほうがよっぽどいい。
というのが理解できてない貴族様。

批判するまえに助け合うべき、的な、何かを名指しにしているわけでもないふわっとキラキラしたキレイな言葉も貴族。マリーアントワネットは貧民は阿片食って死ねとか言わないからこそギロチンいきだったわけで。
叩く意思もなく何気なく言った言葉が立場の違う他者にどう聞こえているか彼らには想像できていない。


若者はせいぜい500人に一人しか死ななくて年寄りしか死なないとか、ほんと今回のコロナは近代の禁忌をえぐりだすな。
ぶっちゃけイタリアですら感染と経済を天秤にのせていられるのは年寄りしか死なないからですよねみんな言わないけど。
年齢別死亡率を見るとたとえ医療崩壊しても若者はほとんど死んでない。交通事故くらい。これが若者のほうが死ぬ病気だったら本格的に社会が回らなくなるからどれほどの経済苦になっても封じこめせざるを得ない。天然痘とか。
コロナは老人という存在が社会にとっていらないもので、社会のお情けに縋って生かしてもらっているのだということを示してしまった。


ていうか老人がいらないなんて生命の真理なんで何を今更という感じですけども、この程度のことすら理解できない人が可視化された。いったいどんだけ恵まれていればそんな傲慢になれるのだろう。



自分一人で生命維持できない身体的弱者は身体的強者のお情けによって生かされているというのはどうがんばっても覆らない事実で、思いやりとか福祉とか人権とかはこの事実の上にしか成り立たない。
だから介護の外注化や雇用化やあるいは道徳や同調圧力や、あの手この手で身体的強者からケアを引き出す不断の努力が必要なのだけど、今回のような自粛と自己責任を強制するのは悪手でしかない。短期的には成功してもヘイトがたまる。強者のケアが必須な弱者にとって強者のヘイトは身の危険と同義だ。
弱者には弱者の戦略があり誰しも手持ちのカードで勝負するしかなく、弱者のカードは使いようによっては互いにメリットがあるのに試合運びが下手すぎ。これまでどんだけ甘やかされてきたの?



これまで私はトランプや安倍のような存在を支持する現象をヒトラーのようなナショナリズムや独裁に近い真理と思っていたけど、今回のコロナ騒動での各国の動きをみるとこれはたぶん何か悪いか本気でわかってない親切で善良な貴族なのかなと思い始めた。