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雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

「すべらない話」で同性愛をネタにしたりとか、紅白での吉田沙織の結婚願望とかの話題は適切だったかどうか

カンニング竹山さんが「すべらない話」で同性に告白されたことを笑いのネタにしたり、紅白歌合戦吉田沙織さんの結婚願望をネタにしたりするのは果たして適切なことなんだろうか、みたいな議論があって、なんだこれ、と思ってる。

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セクシャリティを笑いのネタにするのはどうなの」って人もいる反面「あれはセクシャリティを笑っているのではない、セクマイが絡んでるからってなんでもかんでもセクマイを笑ってると思うな」って人もいるらしい。

 

カンニングさんという人のことも、吉田沙織さんのこともぶっちゃけ全く知らない私からすると、「こういう話題で笑いをとるのは不愉快だな」と思う。極端な例えを出すと 、白人が黒人を殴ってるお笑い番組があったとしたらやっぱ不愉快じゃん。その黒人はドMだから殴られると喜ぶ、だからこれは双方合意の上なのだ、なんて説明されてもやっぱりそんな場面見たくねーよ、って思うじゃん。なんか、そういう感覚になる。

 

だけどきっと、カンニング竹山マエケンセクシャリティを笑いものにしたのではない、とか、紅白歌合戦吉田沙織に女というジェンダーを強要したのではない、それくらいのことでいちいちめくじら立てるなヒスフェミが、と仰る方々は「フライデーや週刊現代をつぶさに読みこなすスマートな教養人のみがテレビを楽しめるのであって、一般大衆は大人しく哲学書やジャーナルでも読んでろこの愚民共が!」ということを教えてくださってるのだ。

 

結局これって、テレビを見ている視聴者がどれくらい前知識を持っているかによって答えが変わってくるんじゃないかな。

カンニング竹山さんとマエケンさんの関係だとか、マエケンさんが自分のセクシャリティをどうカミングアウトしていたのかとか、周りにいたお笑い芸人の人達とマエケンさんの関係だとか、そういうものを踏まえて「すべらない話」を見れば、カンニング竹山さんがオカマを嘲笑う意図で話したのではないと分かるのかもしれない。

吉田沙織さんが常々結婚したいと公言していることを知っていれば、紅白歌合戦で「どうすれば結婚できますかね?」と言われるのも彼女の意思を尊重しているからこその発言だと分かるのかもしれない。

 

でも、キムタクの性別すらよくわかってないくらい芸能界に興味の無い私がすべらない話や紅白歌合戦を視聴したら、オカマを嘲笑ってるし女を見下してると感じる。

 

他人のセクシャリティをみだりにアウティングすることや、女に結婚願望を強要することは、現代社会においてはできるだけ避けるべき話題である、ということは共通認識として成立している。今回のカンニング竹山さんの「すべらない話」を適切だと考える人もべつに「アウティングは善であり積極的に行うべきである」なんて言いたいわけではなくて「あれはアウティングではないし、同性愛だから笑いが起こったのではない」ということを主張しているのだろう。

 

芸能界という特殊ルールにおいて、カンニング竹山マエケンという二人の文脈において、「すべらない話」は笑いに成り得る。逆にいうとカンニング竹山マエケンという文脈を知らなければ「すべらない話」は笑いに成り得ない。

もはやテレビは歌舞伎やオペラと同じ、その業界のお約束を事前にみっちり勉強していないと理解不能なものになっているのだと思う。テレビは一部の教養ある文化人にのみ許されたハイソサエティな娯楽なのだ。

 

 

 

勧進帳」が忠義物になりえるのは弁慶と義経の逸話を知っているからで、前知識無しに「勧進帳」を見ればただの児童虐待でしかない。

源氏物語」が豪華絢爛な王朝絵巻になりえるのは和歌や香を知っているからで、知らなければ光源氏はただのマザコンでしかない。

それと同じように、「すべらない話」を楽しむためにはカンニング竹山マエケンの逸話を把握していなければいけない。

芸能人のプロフィールを覚える努力を怠るような一般市民にはテレビという娯楽は分不相応なのだ。あれらの発言に対して不快になるというのは己の無知を曝け出す愚かな大衆の憐れな行為であって、あれらを許容することこそが教養ある上流市民の嗜みなのだ。

 

それにしてもさ、前知識なしにフラットな目線でみたら不謹慎で他人を傷つける話題を、「これは前後の文脈を知っていればイジメじゃないってわかりますぅー(ドヤァ)」なんていって見せ付けるなんていう娯楽はやっぱりあんまり洗練されてるとはいえないんじゃないかなぁ。

と、思ったんだけどそういえば京都のイケズとかイギリスのユーモアとか、悪口だけど悪口じゃないと言い張るのはわりと教養の基本だった。テレビすげぇ。超洗練されてるじゃん。