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雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

子供の発想をちやほやすることの残酷さ

子供向けの娯楽は大人がお膳立てして子供はお客様になることがほとんどだ。表向きは子供主体という体裁でも結局親がほとんど作成する。それに疑問を持たない人だけが保育や教育に携わることができる。大学を卒業して社会に出るまでずっと子供はお客様でありつづける。

自分の子を育てていてほんと思うんだけど、子供社会の中で「計画して他人に協力を仰いで実行して成し遂げる」という社会人なら必須のスキルを訓練する場が全く無い。

大人がやるべきことは魚を与えることではなくて魚の釣り方を教えることのはずなのに嬉々として子供の奴隷に成り下がっているばかりか他人にも奴隷になることを強要する馬鹿が多すぎる。ほんともうやんなる。頭おかしくなる。気持ち悪い。視ね。

 

ガキってのは「明日お弁当いる」とか普通に言うわけですよ。

でも明日お弁当を作るためにはどれだけの食材と時間が必要で、食材を買うためにはいつどれだけの時間を確保しなくてはいけなくて朝どれだけ早起きしなければいけないか、かつ私が今どれだけの案件を抱えて何徹目なのか、そういうことを全然考えずに親に弁当がいることを言いさえすれば自動的に弁当ができあがると思っているわけですよ。

それって徹夜明けに5時起きで弁当を作らされる親も不幸だけど子供にとっても不幸なことだ。だって自分で弁当を作る方法を知らないガキの弁当は母親の機嫌次第で左右されてしまうものになるから、ガキは母親の顔色を常に伺わなくてはいけない。これから先の人生ずっと食事を作ってくれる他者に依存しなければいけないわけで、生きる術を奪うというのは長期間に渡って多大な傷を残すなかなかエグい虐待だってことはもっと知られるべきだと思う。

 

 

結局、親が子供にやってやれることってのは自分で弁当をつくる方法を教えることだし、自分で弁当が作れないなら責任持って他人に依頼する方法を教えることなはずなのに、その辺ほんっと教わる機会がないのな。自分が何を望んでいて、それはどのようにすれば叶うのか、を自覚するというのはバレエやテニスのお教室よりよっぽど必要なスキルなのに。

ていうかむしろ子供に弁当作ってやるのが親の務め、弁当つくってやんないとか怠慢、みたいな馬鹿みたいな責められ方をする。いや忙しいから弁当つくんねーよなんでもかんでも一言言えば思い通りになると思うなって教えるほうがよっぽど子供のためじゃん。