雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

妄想という体験を乗り越える思考実験

この間すごく疲れてたのに全然寝れなくてめっちゃ疲れ果ててマトモに仕事できないくらいになった。とにかく寝れない。寝てるはずなのに起きると疲れきってる。ちょっとした物音で飛び起きてしまう。スケジュール管理ができるほどの能力すらなくて突然仕事の電話がかかってくるんじゃないかと思って携帯が気になってしょうがない。最終的にはクライアントが私の家に突然やってきて窓ガラス割って進入してくるんじゃないかみたいな気持ちになる。

とまぁ軽い妄想みたいなことになってた。やばいww

 

トーフメンタルな私にとってこの程度のことはわりとよくあることなので別段困ることもないんだけど、人間追い詰められるとわけわかんないことになるよなぁと改めて思った。こういう窮鼠猫を咬む的なメンタルの対処を間違えると統合失調症と呼ばれるんだろう。順風満帆な人生を送ってきた人ほど一旦病むとドツボに嵌りやすいよね。

 

すれ違っただけの人に監視されてると感じる、宅急便のお兄ちゃんは不法侵入者だと思ってしまう、毒電波やら集団ストーカーやらの攻撃を感じる、みたいな心理状態はヒトとしては相当ヤバいけど動物としてはわりと普通のことだと思う。

ウサギとかトリとかって常にオドオドビクビクしててちょっとでも見慣れないものがあったらすぐ逃げ出すじゃん。

たぶんそういう、ちょっとでも危険を感じるものがあったら過剰に反応して身を守るというのが数万年続いてきた生物の生存戦略でそれはヒトのDNAにも深く刻み込まれている。

 

でもヒトは発達した大脳新皮質を使って本能をねじふせるあるいは統合することによって優位性を獲得してきた生物だから、過剰な防衛本能はヒトとしては異常。異常なことをヒトの理性でもって無理やり整合性を見出そうとするから、集団ストーカーとか宇宙人が侵略してくるとかいうわけわかんない説明になる。そんな説明じゃ言ってる自分も相手も納得できないから説明に説明を重ねてさらにカオスが加速していく悪循環。

 

だから多分妄想というのは

なんでもかんでも過剰に警戒する生物としての本能

vs

なんでもかんでも説明つけて納得しないと安心できないヒトとしての本能

の戦いなんだと思う。

 

過剰な警戒にヒトとしての合理的な説明なんかできない。生物としての本能に名前をつけようとしてはいけない。それは言葉で定義しようとすればするほど悪化していく。

生物として生きている以上恐怖から逃れることはできないから、畏怖しながら崇め奉るしかない。

 

たぶんこの悪循環の根本には、生物としての根本的な恐怖に向き合う覚悟の欠如がある。そして患者本人だけでなく家族であったり社会全体であったり『健常者』側の覚悟が足りていないからこそ患者は追い詰められる。