雑記帳

リベラルでもフェミでもないただの愚痴

昔、痴漢に狙われてた時に編み出した対処法

痴漢行為をする加害者の手を安全ピンで刺すのは正当防衛となるのか?みたいなのが話題になっているようです。

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とりあえず、わざとだったり冤罪だったりしなければ普通に正当防衛っぽい。

 

冤罪だったらどうするんだ男性様が傷ついたさべつぅぅぅ

とか言う人もいるみたいですが、下着に手を突っ込んでくるようなケースでどうやって間違えんだよ…

そもそも、痴漢ですと声を上げたら乗客全員一丸となって全力で告発者保護を、という流れになれば女の子がたった一人で性器に指をつっこんでくる加害者と安全ピンごときで戦わなくて済むんだよどうしてそういう方向に行かないの。これは男性と女性のいがみ合いではなくて犯罪者と市民のいがみ合いのはずなのに。

そして、安全ピンは逆上されたり病気がうつったりするかもしれないリスクがあるからやめといたほうがいい、というのも広めていきたいところ。もちろん告発者保護とセットで。

 とりあえずババアとしてはせめてこういうアプリを使っています。いつでもババアに助けを求めておくれ…全力できょろきょろするから……

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でも同時に、痴漢されたら反撃はもちろん声なんてあげられなくてアプリも使えなくて、安全ピンで刺すくらいが限界、というのも、私は分からないでもない。

いきなり凶器を使いだす、というのは、取っ組み合いの喧嘩をしたりしながら健康で健全にお育ちになった男性には理解できないかもしれません。

まずはメンチ斬り合ってどつきあってそれでも解決しなかったら軽くジャブ、最後の手段として殴り合い、凶器を使うのはヤクザだけ、というのが世界各国チンピラの常識ですから。犬のケンカと同じです。社会性を育てられた動物が殺し合いをするのは動物園など特殊な閉鎖空間のみで、自然界では縄張り争いで殺し合いすることはごく稀です。

 

でも隔離されて他人との付き合い方を学べなかった動物は力加減が分からず、威嚇なしに突然喉笛に噛みついたりします。

たぶん多くの女性はそんな感じで、『男性的』な非言語コミュニケーションの経験が少ないために声を上げるとか睨み付けて威嚇するとかいう段階をすっ飛ばしていきなり安全ピンという的外れな凶器に行きついてしまうし、その場馴れしていない感が危なっかしいのだと思います。

 

私は男装も女装もするのですが、女装しているときはキモチップ系の気持ち悪さによく出会って女であることがとことん嫌になります。でも、男装してこきたないオッサンになっているときはキモチップには出会わないけど威嚇はされます。男同士は通行人と目が合うと、とりあえず威嚇します。なんなら唸ります。唸るの。まじで。動物かよww

そこで私が女性のコードに則った行動、目を逸らしてオドオドモジモジするとか、きょとんとして見つめ返すとかすると、私は女性と認識され、とたんに女性扱いされるようになる。この場合の女性扱いはレディとかでは全くなく、キモババアを路傍の石のように無視する扱いです。

でもそこで男性のコードに則った行動、睨み返すとか唸るとかすると男性と認識され、パーソナルスペースがぐっと近くなります。具体的には満員電車で遠慮なくがつがつぶつかったり足を踏まれたりしてその都度威嚇しあって負けたほうが勝った方に場所を譲るというニワトリの序列みたいなゲームに巻き込まれる。

 

などと書くと「自分は男だけど男同士はそんなことしない」とか言われるんですよ…

 

おそらく大概の人は男性同士、女性同士がどのような目線で見ているか知る機会が一生ありません。男性なら男性同士と男女、女性なら女性同士と男女の二つの組み合わせしか知らないのでそれが当たり前だと思っていますが、実際性別をスイッチしてみると見えている世界が全く変わります。

でも「パス度が高くてかつそこらへんに遍在するキモババアやキモオヤジに見える」という異性装をする人はとても少なくて、異性のコミュニティについて知っている人は少ない。

 

 

で、まぁ私のn=1なのですが、女性は肉体言語に非常に疎いです。とくに痴漢に合いやすい女性は。駅で止まるたびに周りを見回して一人一人の顔をじっくり眺める(別ににらむ必要は無くて、眺めるだけでいい)と痴漢にあう確率が激減するのですが、怖くてそんなことできないという女の子がとても多い。

なのでとりあえずフルコン空手とか習うといいです。強くなるとか以前に攻撃的に他人の体に触るという経験を積むといい。そうすると他人の間合いとか、相手がどれくらい強いかとかが分かるようになります。

また、女性は力が弱いから男性に勝てないという言説がまかり通っていますが、あれは本気の命のやりとりをしたことがないボウヤの戯言です。ケンカはその時点で総合的に強いほうが勝ちます。筋力や場数は確かに有利ですが、腕力よりも「自分はこいつに暴力をふるうだけの正当性がある」と思いこめる社会性のほうがよほど重要で、社会が男性に女性への暴力の免罪符を与えているから男性は女性をためらいなく殴れるだけ。ケンカでは物理ではなくコネと根回しが勝敗を決します。

 

そして大声を出す練習もするとかなりいい。

多くの女性は大声で威嚇する経験をすることが皆無です。できれば防音室を借りて音量を計りながら罵詈雑言の限りをつくすといいですが、とりあえずカラオケで汚い言葉のロックを全力で歌うとかでもいい。とにかく威嚇の声を練習します。その際、男性のような野太い声を目指す必要はありません。女性の全力の高音での威嚇はそこらへんのサイレンよりよほど危機感をあおります。キャーでもキーでもなんでもいいので黒板をひっかいた音を5千兆倍したような異音を出せるようにしておくといいです。

やってみると分かると思うのですが、大声を出すためには姿勢が重要です。遠くまで響く大音量を作るためには、丹田てきなものを練る的な、なんかそういう宮本武蔵的な感じの姿勢に自然になります。

 

で、やっと本題なのですが、このいつでも大声を出せるぞという姿勢が痴漢撃退にわりと効きます。

 

男性は肉体攻撃言語に長けています。そしておそらく、肉体言語を発しない生物を生物として認識できない。殴るとか蹴るとか想像したことのないオンナノコは彼らにとってダッチワイフにしか見えないので平気で棄損してくる。よく「男はいつまでも子供だから女性は優しく諭してやって」みたいなのは多分そういう意味。ブタに論語を説いても意味が無くて、ブタにはブタに分かる肉体言語で上下関係を叩きこんでやらねばなりません。

女性としては、大声が出せるとか殴りあうことに慣れるとか、ただの精神論にしか思えないのですが、それらは男性が唯一理解できる言語です。

 

なので威嚇の大音量を発生させることができる、殴られたら受け身をとって殴り返すことができる、という体を作るのが効果的です。実際に殴る必要はありません。もし殴らざるをえないような状況になりそうだったら全力で逃げたほうがいいです。男性だって別に毎日殴り合いをしているわけではないしむしろ小学校以来殴り合いなんてしたことがないモヤシがほとんどです。ただ威嚇ができればそれでいい。

 

 

前回、自他の境界が曖昧だから性犯罪などに走るという構造について考えたのですが、たぶん男性と女性の使っている非言語コミュニケ―ションの種類の違いがあるのが男性が女性をモノ扱いする事件の一因になっているのではないかと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のコントロールを手放す、はた迷惑なシンドロームに名前をつけたい。

いろいろな迷惑行為は「自分自身の気持ちや言葉や行動を自分の責任外だと思ってしまうシンドローム」として考えるといろいろ捗るのではないだろうかと最近ちょっと思っている。

 

被害者が加害者を庇うストックホルムシンドローム、絶望的な状況でフリーズする解離など、人は想定外の状況に陥ると想定外の挙動をします。そういう人類の特性みたいなのをもっと解明していけたら原因や対処法が分かりそう。

で、加害者というのは極悪人で悪いことをしている自覚を持ちながらあえて規範を破るのだ、というのが普通の状態での考えなのだけど、たぶんそういう根っからの悪人はわりと少なくて、たいていの加害者は、オレは悪くない、たいしたことはしてない、大げさに騒ぎすぎ、オレは正しい、とか思ってる。特に家庭内暴力と性犯罪ではその傾向が大きい。その状態の加害者をいくらぶっ叩いても被害妄想をこじらせるばかりでさらに加害を繰り返します。

被害者の立場からするとそういう奴は死ねばいいのに。というのが正直な気持ちですし、それはたぶん間違ってないし、被害者は自分自身の保護と救済以外のことを考える必要は一切ない。じゃあこれからどうやって社会を回していくかを考えるのは直接の被害者以外の仕事なのだと思います。

 

それで「自分の欲望や行動を自分の責任外だと思ってしまうなにかしらの病」という概念を導入してみます。

突然キレちらかすようなやっかいな人は悪意があってキレちらかしているのではなくて、自分の心理が把握できなくてそのまま垂れ流してしまっているだけ、みたいなことらしいです。

 

そしてたぶん、パニックになって怒り狂うというエマージェンシーな状態以外でもこの病が恒常的に発生しているタイプの人というのがわりといるのではないか、と思います。

 

たとえば、痴漢は「自我の膜」みたいなものが異常になっているという説

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出典 LOVE PIECE CLUB - 田房永子 - どぶろっくと痴漢の関係

まさに自他の境界が曖昧になっている状態です。たぶんこの状態になってしまうと被害者の女性なんか自分の足の爪くらいの位置づけになるのではないでしょうか。足の爪は俺様に都合よく動いて当然だし、突然反乱を起こしたらわりとホラーです。

 

最近流行のキモチップの人もそういう類だと思う。

 

togetter.com

こんなことされたら普通に身の危険を感じる。こんなに距離の分からない奴は泥酔してても目を開けたから合意とか普通に思ってそう。

こういう奴って女を見ると突然思考が切り替わるよね…なんなのあれは。厄災としか思えないしそんな厄災がゴロゴロしてるの恐怖しかない。

 

こういうのも。

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普通に考えて、エロいことしたくてギラギラしてる人の中に行くとか自殺行為でしかないのに、なんで自分に都合のよい展開だけが待ってると夢想できてしまうのか。

よくお気持ちフェミが毛嫌いするジャンプのセクハラ展開もそう。軽いセクハラ描写くらい文句いうな女性が嫌がっている描写もきっちり入っているし主人公の男性は罰を受けている、むしろ正当な性教育、とか真顔で主張する奴もいるけど、女性が初めて出会う性的なものが痴漢であるのと同様、男性が初めて出会う性的なものが加害者目線のセクハラというのも相当歪むと思う。ネコを愛でるように触れあいたい素朴な愛情の発露がセクハラしか提示されていないってわりと地獄味ある。

 

他にも、家族が大切にしているものを勝手に捨てる案件は定期的に上がってきます。あれも、自分はいらないが他人もいらないとイコールになってしまっている。

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 あとはやたら頼みごとしてくる奴とかもあった。

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棘は相変わらず棘だな。

 

こういう状態の人はとても狡猾に相手を見極めて巧妙に反撃できないように外堀を埋めてきます。あれは一体どういうことなんだろうというのがまだよく分からない。

思考能力が鈍っているわけではなくて、むしろ冴えわたっている。認知症統合失調症とは似てるけど根本的に違う。

togetter.com

 

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なんかもう、こういうの読んでるだけで気持ち悪くなるし加害者の手記とか気持ち悪すぎて読めないし加害者は全員死ねとしか思えないのですが。

ただまぁ、元ご神体としては彼らは暴力をふるいながらも救いを求めているというのはよく知っていますし、彼らの心理を解きほぐしてゆくことで安寧を与えられるのも知っています。それはもううんざりするほどよく知っています。たぶんそれをやるのが被害者救済に繋がることも分かりますし、それを実体験としてやっていたことがあるというのはわりと貴重な体験で、このノウハウを広めていくと人類の幸福に貢献できるだろうなとも思う。

でもまぁ、私があんなことをしたのは閉鎖空間に閉じ込められて生きる手段がそれしかなかったからであって今だったら普通にガン無視する。なんでタダで甘ったれの相手をしてやらねばならんのだ。時給10万くらいくれるなら考えてやらんでもない。でも彼らは自分を甘やかしてくれるところには無限に金をつぎ込むけど本当の救済にはビタ一文払おうとしない。死ねばいいしなぜ死んでないか分からない。

 

まぁそういう意味でこれは可哀想ランキングの問題でもあります。

彼らはあまりにキモすぎて対話して貰えない。容姿や年齢や学歴や性経験や年収の問題ではなく、その心根がキモすぎる。まともな交流を学べなかったからキモくなって、キモいから学習の機会を奪われる。

 

なんかたぶん、なぜ彼らはキモいのかとか人類にとってコミュニケーションとは何かとか私はどのようにあの蠱毒から抜け出したのかとかそういうことを書くのが政治的に正しいんだろうけど、そういうの書く気力が出ない。

これ知ってる学習性無力感だ。

 

なのでとりあえず、彼らは全力でぶっ叩かれて私は全力で喚き散らして一度ぺんぺん草しか生えない荒野になってから再出発するしかないのでしょう。

とりあえず彼らは死ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

高IQが普通IQと意思疎通する方法とか

普通の人に説明するのがとっても上手い人に会ったので覚え書き。

この場合の普通IQとはIQの差20以内くらいの、日常会話はだいたい通じて、がちな話も工夫すればなんとかぎりぎり理解できるし自分が理解していないことに気づけるくらいのもどかしいあたりのことです。それ以上差が開くと理解していないことすら理解しないのでテキトーにスピリチュアルw的なことをいっておけばなんとかなりますしそもそもお互い存在を観測できないことが多いので逆に楽。虚しいけど。

まず一つ目は、ぎりぎりくらいの人は自分が理解できていないことを理解しているので、プライドへの配慮が必要っぽい。彼らは勉強があまり好きじゃないので、分からないストレスや他人の足を引っ張っている申し訳なさが知的好奇心を下回る。だから成功体験を過剰なくらい演出する必要がある。我々は本があったら勝手に読んで勝手に実践して勝手に越に入れるしなんなら外部情報なんか無くても勝手にあらゆることを研究している。高IQはそれが当たり前すぎて意識しないしむしろ勉強嫌いを自認していたりするけど、たぶん高IQの当たり前は当たり前ではない。
なので普通IQに説明するときはまず心理的安全の確保的なことをちゃんとする。わからなくてもいい、正解は無い、全員分かってないお前だけじゃない、みたいな。あと他人のこととして話させるのもいい。素人ならどう考えるかな、旧態依然の老害ならなんと言うだろう、のような、間違えて当然のペルソナを作り、まぁ素人さんなんだから間違えて当然よね、君たちプロは間違えないだろうけど一応確認ね、という風にする。問題の外在化(違)ただし意図を汲み取れない人相手だと、その場にいない人の陰口大会だと思われるのである程度自分の心理をメタ認知できる人に限る。
あとはサクラを忍ばせておいて積極的に馬鹿な質問をしてもらうとか。高IQに囲まれた中途半端IQの人は理解するのに自分だけ時間がかる経験が多いため、他人の足を引っ張りたくなくて遠慮することが多い。なので質問や言い換えをしてくれる役割の人がいるといい。彼らは理解が遅いことに対しては寛容なので、ほんとに基礎的な質問ばかりがつづいてもけっこう許容してくれる。

そして2つ目は彼らの現実と紐付けること。
彼らは案外勉強している。そして自分なりの納得を持っている。ただしその納得はその場限りのもので新しい知識を付け加える時には一度これまでの知識を壊さなければいけない。
なんていうのかとても説明しずらいのだけど、彼らは現時点で見えるものだけで理論を構築してその理論を唯一絶対と思い込む。古代人の天動説的な。一度天動説で理解すると、後から天体の情報が追加されても天動説の枠組みてなんとか理解しようとしてしまう。
そんな感じのことがあらゆる分野で起こります。だいたいの人は大学あたりで得た知識だけで理論を構築してそれ以降アップデートしない。哲学や数学のようなすでに基礎理路が十分構築されている分野ならそれでもなんとかやっていけますが新しい分野だと理路の刷新なんて10年単位で起こるので致命的です。
ここで天動説に固執する老害は理解を放棄しているので対話不能です。諦めてスピリチュアルwで対応しましょう。なので問題は天動説で止まっているけど知識の更新をしたい欲求はある勉強熱心な層です。
なのでまずは彼らの天動説を言語化して、次に天動説の矛盾を提示して、新しい理路で矛盾が解消するということを示す流れの説明がベストっぽい。いきなり正しいことを言っても彼らの中では天動説で超解釈されてしまうので全然通じない。
まぁこの天動説、つまり彼らの中の思い込み理論を見つけるのが難しいんだけどねー( ;∀;)あいつら普通に高校レベルから曲解してるから。
でも彼らの天動説が何なのかは考えて損は無い。


そしてあとは何度も確認すること。
前回説明したこととか平然と忘れてるから。用語の定義とか毎回提示する。たとえば群馬が出てくるなら群馬に色を塗った日本地図を毎回出す。なんなら群馬の名産品やら気候やら毎回話す。そうしないと群馬ってどこだっけて理解が止まる。略語や英語も極力使わない。冗弁すぎて逆にわけがわからなくなるけど彼らにとってはそちらのほうが分かりやすいらしい。
これもねー、枝葉が多すぎて自分で説明しててわけが分からなくなってくるので大変。なので論点をメモして確認しながら話すといくら脱線しても結論をわすれなくていい。脱線は無駄話てはなくて彼らの理解には必要なことらしいです。

最後は単純な能力差の問題を意識すること。かつ相手には意識させないこと。
彼らは古いパソコンみたいやものなので、使えないアプリがいろいろあります。まず短期長期ともに記憶が弱い。さっき言ったじゃんは通用しない。さっきの話題と今の話題にどのような関連があるのかを解説するの超大事。ここを忘れるとバラバラな話題を適当にしゃべってるみたいに思われる。
それとか、暗算ができないので目の前で演算をみせてあげる必要がある。彼らはグラフだけぱっと出しても意味が見いだせない。とにかく用意した資料の意味、なぜ今これを話すのか、なぜこのグラフをだしたのかなどをひとつひとつ説明する。
むしろその説明こそが彼らの聞きたいことです。単純に資料だけ渡してあとは勝手に読み解いてね、ができないから彼らは学校に来る。


たぶんそんな感じ。

あとはまぁ、立体理解してないとかコード読めないとか文章読むの遅いとかそういうのも把握しとくとよさげ。

自由意志と依存症の境目はどこにあるのか

なんか気持ち悪いコメントを書かれたので。

あんなのいちいち相手にしていたらキリがないので返信という形にはしません。昔はちゃんと一人ひとり調教してあげてたんだけどね、今奴隷は間に合ってるんで。
なのでこの記事は返事でも対話でもない一方的な罵倒です。

たぶん、俺のことを選ばない女が悪いみたいな人の頭の中ではそれが真実で、自分の加害性をきちんと認識しないままに正論をぶつけることは彼らからしたら女に一方的に罵られたとしか思えなくて被害妄想をこじらせるばかりでしょう。だから彼らに必要なのは正論ではなく治療なのだろうけど、被害を被る側が加害する側にのセラピーにつきあってやる義理なんかないので刑務所へどうぞ。

で、酒をでもセックスでもクスリでも、勝手にやって勝手に死ぬぶんには愚行権の範囲内で外野がどうこういうことではないです。山奥で誰とも合わずに自給自足しているならて一人でラリって一人で泥酔して一人でセックスしまくっていても、心底どうでもいい。
でも人間社会で生きてるくせに、人間より他の何かを優先しようとするのは信頼を損ないます。他人の信頼にフリーライドしているくせに自分はルールを踏みにじるならこちらとしても人間扱いしなくていいよね?

つまり何か書きたいかというと、男性は女性とは全く違って膣内射精したくてたまらなくて脳が常に膣内射精に支配されているとかいうのは異常であり病気なので犯罪者になる前に治療するか、自分が豚以外の知能しか無いことを認めて大人しく養豚場で強制労働しててください。
男はみんなそうだから!とか、責任転嫁すんじゃねーよお前がおかしいんだよ男に謝れ。

男性の性欲は抑えられなくて女性を襲いたくてたまらないとかいう思想を持っている人はまだ結構いるけど、それは男性の理性を信頼しないという意味で「女は生理があるから理性的に考えられなくてよって女が要職につけないのは正当な区別」レベル。

さらにジェンダーの悪質な点は、嫌悪の対象に愛を求めることです。
俺はゴキブリが嫌いだ、であればゴキブリが嫌いなだけです。でも男性は女性に対して嫌いだけで終わらない。

俺はゴキブリを見ると叩き潰したくなる、でもまだ叩き潰していないのだからゴキブリは俺に感謝しにっこり笑って俺をヨシヨシしなければさべつぅぅぅ
いつかうっかり叩き潰すかもしれないけど!でもそれは俺の側にいるゴキブリが悪いよね俺は悪くない。

みたいな。
自分に殺意を持つ人の側に行って愛想振りまくことを強要しておいて、殺されたら自己責任?殺人衝動を我慢してる俺様に感謝すべき?どこまで頭が悪いの……
せめて自分の頭の異常さを自覚して。男はみんなセックスしたくてたまらないとかないから。そうじゃない男はたくさんいるから。いないとしたらそれ己の観察範囲の問題だから。クズ同士つるむのは自由だけど檻の外に出てこないで。

まぁそんなこと言ってもビョーキの頭はこの女は男の本当の姿を知らないんだとかグレートペニス(笑)に出会えば男の素晴らしさが分かるとかいう超理論をひねり出すのでしょうが。
私に男全体のことが分からないのは正として、なぜ自分は男全体のことが分かると確信できるのか……なるほどそういうビョーキだからか。はいはいお薬飲んで寝ましょうねー



だいたいあの記事で私性嫌悪の話なんかしてないのにねじこんでくるのなんで。そういうのはツイフェミとやっててください。
受け入れてくれない相手が悪い、じゃなくて、受け入れられないようなことばっかする己の心を解体してください。小学生が好きな子いじめるみたいなメンタルを他人に押し付けないで。

挨拶は努力とか気遣いでできるようになるわけではない仮説

挨拶しない奴って社会人としてどうなの、せめて返事くらいしろよ最低限それくらいできるだろできないのは怠慢、みたいな意見を見たのですが、たぶんめんどくさいとかコミュ障とかそういうレベルの問題ではない原因で挨拶できない人というのが結構存在すると思う。

aikawame.hateblo.jp

 

自閉系の人は挨拶も苦手なことが多くて、でも苦手な理由を「人見知りだから」とか「緊張するから」とか「昔からかわれたトラウマで」とか「他人に興味が持てないから」とか「挨拶ごときにリソースを割きたくない」とかいう分析しかしてない人がわりと多い。でも上記の理由は挨拶を何の問題も無く認識できる非自閉の考え出した理屈で、たぶん自閉タイプの人は挨拶の定義の部分から苦手なのだと思う。

 

挨拶という行為を、「おはよう」と言われたら「おはよう」と返すだけ、と考えると、なんかソース二行くらいで実行できそうな超絶簡単なプログラムな気がする。hollow worldよりも簡単そう。

だから挨拶をしないというのは、「二行のコード書く程度の労力すらお前のために与える気は無い」みたいな感じに思われてしまう。実際、私も最低限の挨拶はできる族なので、挨拶しないイコール宣戦布告くらいに受け止めてしまう。

 

でもたぶん、コミュニケーションの根幹がいわゆる定型とは違う人たちの場合、本当に本気で「おはよう」に対して「おはよう」と答えるのが結構難しいのだと思う。

 

 

よく教科書に書いてあるのだけど、いわゆる自閉タイプの人は基本的に二人称を理解しない、という性質があるらしい。

「廊下を走ってはいけません」

という二人称は彼らにはぴんと来ない。だからいくら廊下を走るなと注意しても聞かない。これは悪意があるわけでも無視しているわけでもなく単純に理解ができていないだけ。

でもたとえばAさんが廊下を走っているとして

「Aさんは廊下を走りません」

と指示すると走るのをやめる。

これは誰に向けた言葉か明確でないと自分に注意されたと分からないから起こる現象だと説明されることが多いけど、私の観察では彼らは「Aさん、廊下を走るな!」でも理解できないことが多い。だから多分単純に、二人称、youメッセージ、他者に言語で働きかける、という発想が無いのだと思う。

もちろんある程度の地頭があれば後天的に学習することはできるし、実際学習によってうまく定型社会に合わせている人が多いのだろうけれど、基本的に自閉タイプの人は二人称を理解していない。

 

ここから先は私の想像だけど、たぶん彼らは空気が読めないとか他人の気持ちを考えないとかではなくて、「他者に要求すると要求が叶えられる」という発想が無いのではないだろうか。

たとえば木から離れたリンゴは地面に落ちる。ここで「リンゴ、落ちるな!」とか言ってもリンゴは地面に落ちる。ていうかリンゴに命令するという発想は出てこない。同様にAさんに「走るな!」と行ってもAさんの行動に影響はない。

逆に「リンゴは落ちます」と言うとなるほどリンゴは落ちるのだな、というのが分かる。同様に「Aさんは廊下を歩きます」というとなるほどAさんは歩くのだ、というのが分かる。

なんていうかもう、他者をコントロールしようとかコントロールされようという気が全然ない。人間同士の相互作用を全く考慮していない。

 

と、なると、「おはよう」に「おはよう」と返すのがいかに難易度が高いか分かる。

これは電卓で文章を書けと言っているようなもので、そもそも我々とは用途が違う脳みそで不得意なことをゼロから構築しなければいけない。そして24時間不得意なことを意識し努力し続けなければいけない。

「おはよう」に「おはよう」と返すにはまず相手の「おはよう」が返事を要求していることに気づかなければいけない。そうしないと他人の独り言すべてに返事してしまう。そして「おはよう」という単語には主語も述語もなく、誰に何を要求しているかが含まれていない。「おはよう」を正しく認識するのはAIが複雑な写真の輪郭を抽出するくらいの高度な処理が必要だ。そんなことを仕事中常にやっていたら仕事に集中できない。

 

よく定型が「挨拶したのに無視されると悲しい」とか言うし、それは私もわかるけど、たぶん挨拶は相当難易度が高い。

だからもしどうしても挨拶を返してほしいのであれば「Aさんはおはようと言います」とか言えばいいと思う。ただまぁ定型様が無視されて悲しいというお気持ちは、せっかく仕事に集中してるところにわざわざ脳内で挨拶認識アプリを立ち上げてまでヨシヨシすべきことか?もっと他に優先すべきことがあんだろ??という点はよく考えたほうがいい。

 

定型発達は本当に「空気が読める」のか問題

 

最近やたら渋滞したり電車が止まったりするのですが理由がさっぱり分かりません。ところでどこかの国にはれんきゅうなる素晴らしい物があるそうですが一体どんなものなんでしょう。きっと美味しい食べ物か何かなのでしょう。じゅーって感じの焼肉的な。

 


さて今回はid:ahiru123さんのコメントへの返信です。

まず前提として、私は最近、自他の境界を考えるにあたりアスペルガーという私にとって未知の存在を勝手に考察しています。そしてもしかして、アスペルガー=厳密な定義の計算言語を好む、いわゆる定型発達=逆アスペルガー=曖昧な自然言語を好む、ということなんじゃないか仮説を作ってみました。

定型発達の「空気を読む」を定型の私が解説してみた。 - 雑記帳


そしたらahiru123さんが「たしかに自分は厳密な計算言語を好む」というような趣旨のコメントをくれました。なるほど私の仮説はさほど的外れというわけではなかったらしい。

で、そこから先、たぶんahiru123さんの引っかかっている点は

 

世の中のほとんどの人が共感って呼んでるものは自己投影、つまり相手の立場に”自分の価値観の元で”考えるってことじゃない


というところではないかと私は読み取りました。
うん。その通りですね。他人の気持ちなんか誰にも分かりません。自分と他人を別の物と定義している以上、他人の気持ちは未来永劫絶対に分からない。だってそういう定義だから。

そこに関しては私とahiru123さんの意見は一致していると思う。
そしてそれを踏まえたうえで、理解不能な他者を尊重したいという博愛精神みたいなものがある点も多分共通で、じゃあどうすれば尊重したことになるのか、に関しての意見のみがずれているのではないでしょうか。

 

私の場合、他者の感じ方に共感したい、という欲求があります。
もちろん私はエスパーではないので他人の気持ちを『理解』することは不可能です。それを踏まえたうえで私は勝手に相手の心理を『想像』しそれに沿った行動をし相手の反応というフィードバックを得て、より精度の高い『想像』を目指します。
当然ですが、この「相手の心理を想像するゲーム」は永遠に正解にたどり着きません。ゲームのルールも勝利条件も曖昧です。あるのは私の身勝手な自己満足だけ。他人をダシにして遊ぶ賽の河原です。
そんなものなにがおもしろいんだと言われればその通りです。ただ、私はそれが好きなのです。私のワンダーはそこにあって、そこに理由は無い。

 

たぶんahiru123さんの場合、そしてある程度知能の高いアスペルガー傾向の人の場合、他者に平等でありたい、という欲求があるのではないかと想像します。
コメントの例にならうと、「不倫をどう思うか」と言われたら「知らんがな」としか言いようがない。不倫する人もしない人もそれなりの理由と合理性を持っているだろうしそこに他人が口出しする必要性を感じない。なのに定型様は「そんな答え方は冷たい、もっと人の気持ちを考えろ」とか言ってくる。なんなの優秀な定型様はこれ以上に正しい答えを知ってるの??アスペルガーには理解できない高尚な理論があるの???みたいな気持ちになるのではないかと。

でもたぶん、みんなただひたすらに頭が悪いだけなんです残念ながら。

不倫は絶対悪、とか、空気読まずにゲームに勝つのは悪い、とか、つまり「自分の頭で考えて俺と同じ意見になり俺をヨイショしろ」です。大多数の人はそれしか思っていない。彼らの頭の中には唯一絶対の「俺様が気分良くなる真実」しかなくて、複数のナラティブを平等に尊重するとかそういうの全然考えていない。

 

「不倫をどう思うか」の答えは「しらんがな」しかない、というのは私も完全に同意です。
そして残念ながら「不倫をどう思うか(俺は不倫がむかつくのでおまえもむかつくと言え、不倫を否定することで嫌な気持ちになる人のことなんかどうでもいいから俺に忖度しろ)」みたいな頭の悪い会話を要求する人が結構いて、そういう人は「しらんがな」と言うと怒り始めて、これだからアスペは、とか言い出します。困ったものです。

私の場合『共感』というゲームがわりと好きなので、彼らの世界観に沿った返事をして遊んでみることがあります。そうして彼らの歪んだ認知を意識化してゆくことで彼ら自身が変わってゆく過程を眺めるのがわりと好きです。
でも別に、私みたいな奇特な趣味が無いのであれば頭の悪い人なんて完全無視でもいいと思う。ただ無知なだけで人はどこまでも横暴になれるというのを目の当たりにするとクモの糸を垂らしているお釈迦様のような諦観を禁じえませんが、そういう風にできているのならそれはもうしょうがない。

 

結局、計算言語を好むか自然言語を好むかという傾向以外に、頭がいいか悪いか、つまり、理解不能の他者の存在を考慮できるか、という評価軸があって、たぶんだいたいのいわゆる定型とか健常者と言われている人は頭が悪い。つまり高IQアスペルガーは、完璧で優秀な定型様とのつきあいかたを考えるのではなくて、計算言語すら理解できない頭が悪い非アスペルガーのあしらいかたを考えなくてはいけないのだと思います。アスペルガー以前にIQの差異のがずっと問題として大きい。

そして現代日本社会においては、自然言語を好む派であればある程度低IQでも居場所が与えられますが計算言語を好む派で普通~低IQだとさらに困難がともないそう、というのが前回の記事でした。計算言語と低IQの併発については今後さらに考えてゆきたいと思います。

 

あと最後に、ahiru123さんに聞いてみたいことがあります。
ahiru123さんは私のブログにコメントするときに用件だけを書きましたし、スターをつけることもありませんでした。
対して私はahiru123さんのコメントに返信する際にまず最初にコメントにスターをつけ、返信にahiru123さんを歓迎する旨を記しました。この二つの私の行為は「きっとahiru123さんは私に歓迎されているかどうかを気にしているだろう」と想像しその気持ちを尊重しようとする、非常に逆アスペルガー、定型的なものです。
私にとって私の行為は心地よい自己満足なのですが、ahiru123さんにとってはどうですか?
私がスターをつけず、歓迎の意も示さずにいたらどう思いますか?別に気にしないですか、定型の無意味な儀式ウザいと思いますか、それとも歓迎されなかったといってへこみますか。
こういうことをうかつに普通IQのアスペルガーに聞くと非常に面倒なので、まだ聞けたことがありません。さしつかえなければ教えてください。

 

 

 

 

 

プライバシーを事細かに聞いてくるやつらが嫌い

お仕事は?結婚は?お子さんは?出身地は?大学は?お子さん夏休みいつから?旦那さんの出身地は?連休どこ行ったの?ご両親はどこに住んでるの?

みたいなことを根掘り葉掘り聞いてくるのやめてくれ自我が崩壊する。

 

この間久しぶりに根掘り葉掘り聞いてくるタイプの人に捕まってしまった。ああいう奴って自分が質問した癖に答えるとかぶせぎみに相槌打ってくるのなんでなん。

質問してくるくせに私の話したことは覚えてなくて「お子さんいくつだったっけ?」「x歳です」「そうだったねー」とか相槌打ちやがって、私おまえに子の年齢の話をしたの初めてなのに、あたかも以前聞きましたみたいな保険かけんな。きっと全然興味ないことを聞きまくってどんどん忘れてて、私の子の年齢だって一度聞いたってすぐに忘れる程度の話題なのに無理やり聞いてきて、でも「こいつ私の話聞いてないしすぐ忘れやがる」ということは悟らせたくない姑息なババアめ。興味ないなら聞くな。忘れたなら覚えてない振りするな。なぜおまえのへたくそな演技を見せつけられたうえあまつさえ共演者に仕立て上げられなければならないのか。

そのくせやたらに細かいところまで覚えていたりするから適当に答えると後々矛盾が生じたときにつっこまれる。「あれ一人っ子?弟さんいるんじゃなかったっけ?」「あの病院って入院できたかしら?」みたいな。

単発の質問ならまだいいんだよ。「今年の夏なにしてた?」「具合悪くて入院してました」「ふーん」なら。そこで「何の病気?」も、ギリギリまだ許せなくもない。「まぁ、いろいろと過労で」とか誤魔化せる。普通そこで切り上げるでしょ別に私に興味あるわけじゃないんだから。私言葉濁したんだから、聞かれたくないんだろなと察したりもできるでしょ。そこで「どこの病院?」も、まだ分からんでもない。病名を追求せずに自然に話を逸らせるために聞いたと思わなくもない。でもそこで適当な病院名を答えたら「主治医は?」だぜ??「だれだったか忘れました」って言ったら「男性?女性?ひげ生やしてた?」とか特定にかかりやがった。隠す余地を与えない。「言いたくありません」と言ったら「なんで?」と返された。信じられない死ねばいいのに。

なんで?なんでそこまで事細かに聞くの?私の主治医があんたになんの影響があるの?最初に適当な嘘ついたらどんどん嘘が大きくなってとりつくろうの大変。じゃあ正直に答えろって感じなんだけど、正直って何?私の人生の膨大な時間を数秒のシンキングタイムで過誤なく数文字にまとめろと?私のつまんない人生程度、数文字でまとまんだろと?

きいっとああいう人たちは人類は誰でも数文字に収まる人生を送ってると信じて疑わないんだろうな。大学行って就職して寿退社して養われて家買って子育てして。たまに旅行したり映画観たりして。そういう数十種類のラベルだけで人生が片付くんだろう。ラベルの並べ方だけが個体識別の方法で、だから『入院』というラベルがあったらそこに『病名』というラベルを張らなければ気が済まない。ラベルに収まらない人の存在を想像したこともないのだろう。

 

 

別に私は何もかもをオープンにしてるので、バレて困るということは無いので、どこの病院になんの病名で入院してたかとかいつ誰と旅行してたかとかを隠したいわけではない。ただ普通に答えられない。ご結婚は?とか言われても、私が結婚していたかどうか本気で分からない。旦那さんどんな人?とかも、本当に本気で分からない。なんなら写真を出してきて「この中にあなたの配偶者はいますか」とか聞かれても分からない。昨日どこにいたかも、今朝何をしていたかも、何の仕事をしているかも、子の名前も年齢も、私自身の年齢も名前も分からない。

 

私は多重人格なので表に出ている人格の記憶以外は想起できない。

 

…とかいうことであればまだ話は単純だったんだけどねー。。。

残念ながら現実には安っぽいマンガの設定よりはるかに複雑だ。

 

 

私は記憶にラべリングして分類するという、人類があたりまえに行っている機能がとても弱いです。あと現代人が当たり前に持っているはずに時間の感覚も無い。暦を発明する前の人類みたいな世界観で生きてる。

たぶん普通の人は膨大な記憶をそのまま保存することができず、「○年に結婚」とか「昨日のご飯はハンバーグ」とかいうラベルだけを保存して生データは破棄している。だから「結婚」というキーワードで検索したときにぱっと「○年に結婚」がヒットする。

でも私は日常生活という生データにラベルづけせずにそのまま保管している。朝起きて歯磨きして顔洗って服着替えて冷蔵庫からハム出してトースト焼いて、みたいな私の捉えたものを視覚と聴覚と嗅覚と触覚とあとなんか分類できない感覚全てを覚えている。もちろん忘れていることは沢山あるし、私が注目していた部分以外は覚えていないけれど、とにかくできるかぎりの生データをできるかぎり恣意的な紐付け無しに残している。この性質は研究者としては非常に優れていて、全ての偏見無しに全てのデータを扱えるのが私の秀でた部分です。ていうかみんなラベルに振り回されすぎ。

 

記憶にラベルを張るということは、生データを別の何かに変質させ破棄することだ。元の画像データを捨ててサムネイルだけ残すみたいな。誰かの人生そのものと、誰かの人生を切り取ったルポ映画みたいな。どんなに綿密な調査をしてもそれはルポであって人生そのものでは無い。

記憶はラベルに引っ張られる。一度『幸せな結婚生活』というラベルを張ってしまうとその後結婚生活に分類された記憶は全て幸せな結婚生活フォルダに分類され幸せな結婚生活にそぐうものに改竄される。だから私は極力ラベルをつけず、私は私が結婚しているかどうか子がいるかどうか知らないし、なぜ結婚したのかなぜ子をつくったのか彼らとどういう時間をすごしているかにラベル付けしない。

 

でも人間はラベルをつけたがる生き物で、私が結婚して子がいて離婚もせず一つ屋根の下生活しているというと勝手に幸せな結婚生活のラベルを張ってくる。ほとんどの会話はラベル無しでは成立しない。

なので私は私の人格を分割して、対外的なラベルをつける権限を持つ人格というのを設定することにしています。彼は私の脳内に住む私ではない物なので、彼のつけるラベルは私の判断に影響しない。私にとって私の人生とは彼の作った無味乾燥なエクセル製年表の暗記です。

 

 

ただねぇ…

あまりにトンチキな人生なのでラベルもトンチキになってしまうっていうか、普通にイメージされる結婚とか実家とか仕事とか家族とかと、私の結婚とか実家とか仕事とかがあまりにかけ離れすぎてるっていうか。

「実家どんなとこ?」→蔵の中しか知らない

「学生の頃は何してたの?」→イタコとかヒモとか。セックスとか自殺未遂とか。

「いい大学ね。受験大変だったでしょ?」→受験程度で苦労の意味が分からん

「ご主人とはどこで出会ったの?」→住所不定の逃亡生活してて駅で寝てた時

「なんで結婚したの?」→私の方は処女でないと書類で証明できれば現人神やめれるかなって。夫側は家業を継がないためには無関係な血筋を混ぜる必要があったらしくて。

「旦那さん優しい?」→どんな奴なのか未だによく知らんし顔も覚えてない。

「お子さんかわいいでしょう」→誰の種かも分からないし正直私の産んだ子という実感すらないし、やっかいな遺伝子を持った者同士として多少の連帯感と強烈な同族嫌悪しかない

「お休みの日は何してるの」→遁走

 

これを過不足なく伝えるとなると我が一族の血塗られた歴史を数百年ほど遡って説明することになるんだがよろしいか。おまえが聞きたかったことはほんとにこれなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論:天気の話が最強。