雑記帳

リベラルでもフェミでもないただの愚痴

頭がおかしくなったときにどんな支援をしてほしかったか思い出す

大変な状況では脳がオーバーヒートしてわけのわからない挙動をしだす、というのはこれはもう生物として当たり前な心理であって真心とが努力とかそういう次元でどうにかなるようなものではない、というのを知っておくと自分にも他人にも優しくなれると思う。

HPが10しかないのに「一旦ダメージを50食らう」なんて選択肢ない。HPが100ある人に「防御コマンド繰り返しててもジリ貧ですよ」「一旦ダメージを50食らって次のターンで攻撃しなきゃ勝てませんよ」とか言われたって、HP10の人は「そんなこと言われたって私には無理だよ……」と呟いて、防御コマンドを繰り返すしかない。

https://yashio.hatenablog.com/entry/20190207/1549467965

 わかる…!

じゃあどうしろって言うんだよ!とか言って怒り出したり暴れたりするやつ。人間の限界は案外身近に転がっている。

子供を怒鳴りつける親もネットで執拗に攻撃を繰り返す人も歴史を修正しようとする人も夏休みの宿題を後回しにする子供も、みんなみんな追い詰められている。

そこで必要なのは叱咤激励ではないはずなのに、世の中には叱咤激励だけが蔓延している。

 

 

 

判断力の落ちている人がそうした情報にさらされることが、この世界にとっていいことだなんてとても思えない。でも現実にはそれを止める手立てがない。
 「成年後見制度」というものがある。知的障害、精神障害認知症などで判断能力が不十分な人の、法的な権利(財産にまつわる意思決定する権利など)を制約することで、その人を保護する制度だ。人間のセーフモードみたい。

追い詰められて判断力が鈍ってしまった人に対して詐欺を働く人がいるから判断力が鈍った人を保護する仕組みがあればいいな、というのはわかる。加害者を逮捕しても被害者を責めても何も変わらなくて、判断力が鈍った状態をどうにかしないと意味が無い。

けど、そこで判断力が鈍った人の代わりに他の誰かが正しい判断をすればいいじゃないというのはまた別の正しさで殴っているにすぎません。それが傍から見てどんなに正しい選択肢でも被害者にはそれが選べない理由があるのです。

だからたぶんそっちの方向性ではなくて、貧乏だろうと中退しようと退職しようと子を捨てようと追い詰められないセーフティネットを作るほうが近道ではないかと思う。

 

正しくないお前の代わりに正しい私が選んであげよう、ではなくて、いいじゃない大学なんか行かなくても大丈夫生きていけるよ、とか、貧乏だってそこそこ楽しく暮らせるよ、とか、男が好きでも女が好きでも恋愛しなくても結婚しなくてもいいじゃないその人の人生だもの。子供育てるのが大変だったら一度里子に出しちゃえばいいのよ子供は社会で育てるものよ。遅刻なんて平気平気、医療ミスで死んじゃってもいいじゃない人間だもの。

たぶん求めているのはそういうことなのではないかと思う。

 

 

 

 

 

 

 

馬鹿にするのと風刺は違うという話

LOFTのバレンタイン広告が批判されているようです。

一見仲良しに見える女の子たちが実は互いにマウンティングしかしていなくて裏側では背中をつねったり髪を引っ張ったりと暴力をふるいあっている、そんな女の子たちにロフトのチョコレート。

www.huffingtonpost.jp

いやそれ誰が買うの…

この広告を踏まえてロフトのチョコを買うということは「私は裏で陰湿にいじめあって人の悪口ばっか考えてるんですよ」と言っているようなものなので、私は今後ロフトのチョコを貰ったらドン引きするし相手と距離を置くよ。誰が得するのこの広告。

 

pokonan.hatenablog.com

性役割を押し付ける広告はたびたび炎上していますが、たとえばパンパースのワンオペ育児CMなんかは一応「そんな理不尽な状況でがんばっている女性にエール」というメッセージは少なくともあって、そもそもそんな状況を容認するほうがおかしいという指摘でした。最低限リスペクトはあった。そんなリスペクトはいらんが。

でもキリンの女性図鑑だとか今回のロフトの女子間のイジメだとかはリスペクトすらありません。

 

 

amamako.hateblo.jp

こちらの方は広告や表現には毒があってもいい、きれいごとばかりでは響かないと主張されています。たしかに表現には毒があってもいい、むしろあったほうがいい。だけどその毒はただけなして見下して窮屈にするものであったらそれは統制であって表現ではありません。

 

このロフトの広告を男性でたとえるのであれば、

外ヅラはイケメンだけど裏ではパワハラや痴漢や性犯罪をやっているぜ☆そんなアナタはロフトのチョコ♪男の子ってそういう生き物だよね!

とか言われて、よっしゃ俺もチョコ買お!となるか?という話です。普通だったらそんな男性像と一緒にしないでほしいしロフトに行かなくなりませんか。

 

上に上げたブログにあったんですが、たとえばこんなのどうですか。

pokonan.hatenablog.com

男ってナヨナヨして知能も筋力も足りなくて体売って女にかしづくしか能がない生き物よね!という風刺なんですが、それみて男性はどう思いますか。よっしゃこんな男性になりたいからネトフリ契約しよ!て思いますか?

 

『毒のある表現』の具体例が挙げられていないので分かりませんが、男性向けのCMでこれほどまでに馬鹿にして見下したものを私は知りません。せいぜい24時間戦えますか程度じゃないですか?あれだって24時間戦えるあなたはカッコイイという価値観でした。背中をつねったり髪を引っ張ったりしていじめあう女性はカッコイイとでも?どうせ女なんてそんなもんでしょ、を私たちはにっこり笑って受け入れてあげなくてはいけないのでしょうか。いったいいつまで?

あと一つ可能性として、こちらのブログの作者さんの中では「女の子は仲良く楽しく」がステロタイプで「女の子はお互い足を引っ張り合う」がアナーキーな表現となっているのではないか?と思いました。別にどちらが正しいというわけではないのですが、わりと多くの女性は女性は陰湿だとか陰でいじめあうだとかいう無責任な言説にうんざりしています。その立場に立つと、女の子はお互い足を引っ張り合うというのが保守で、女の子が普通に仲良く楽しくキャッキャウフフしている表現こそがカウンターであり芸術でありパッションであり『毒』です。

 

だからこういうの↓は当時かなりアナーキーな表現でした。

 お互いを尊重して健全にライバルしたり友情や恋愛が芽生えたり、というのは週刊少年ジャンプなら腐るほどあるかもしれませんが女性主人公では現在でもまだ希少です。最近のポケモン映画ですらそんな女性像が描かれています。女子はどうせ男の取り合いして醜く足を引っ張り合っているんでしょ?というのが女性にとってのスタンダードな現状では例のCMは陳腐でしかない。

 

とりあえずみんなロケットガール読もう。 

 

 

毒をばらまくのは公害であり犯罪です。毒でしか打破できない強固な規範に対して適度な毒を撒くのは正当防衛として許される場合も無くはない、その二つを混同しないようにしたいものです。

 

 

 

善良で正義な人たちを隔離したい

最近の虐待殺人事件は見出ししか見れていないのだけど、親が子を殺すというのは我々の業界としてはままあることでそれ自体は驚かない。一定確率でヤバい奴が出てくるのは仕方ないしヤバい奴とヤバい状況が悪魔合体するとケタ外れにヤバい状況になるというのは水素を加熱すると爆発するのと同じレベルの宇宙の真理で覆せない。

www.asahi.com

 

だから逆に、アンケートを渡して放置していた教育委員会のほうがサイコパス味があって怖い。水素が爆発するくらい自明のことをなぜ予測できないのか。アンケートを渡してしまったこと自体は仕方が無かったのかもしれない。ヤバい奴にヤバく迫られたらヤバい選択をしてしまうのは当然だ。でもその後どうして隠蔽したのか。隠蔽すればどうにかなると思ったのか。実際どうにかなるケースが沢山あるのだろう。外部に相談したら親に筒抜けでシメられたなんてうんざりするほどありふれていて、相談したら状況が悪化すると子供達は学んでいる。私だって誰にも相談できなかった。

あとこの事件で知ったのだけど、児童相談所って子供が嫌だと言っても家に帰すのか。明らかに虐待があるのに子供自身も隠そうとするから証拠が掴めず断腸の思いで帰すというパターンはわりと聞くけど、ちゃんと意志表示しても子供の意見は聞かれないらしい。

 

まぁそうだよなとしか。

成人患者ですら家族と医療のオモチャなのに子供だけ人権があるなんてなぜ信じていたのだろう。信じていたかったけど。

 

医療福祉のアウティング問題は深刻で、聞いた話だと「兄にレイプされて病んだから生活保護申請したら兄含め親戚一同に筒抜けになった上で親元に帰された」とかそういうのもある。聞いた話なので真偽は分からないが私の経験を踏まえてもいかにもありそうだと思う。私も「親と確執があるので親が来ても病室に通さないで」と言ったら勝手に実家に連絡されてサプライズ面会されたことならある。弱ってベットから起き上がれないときに密室で加害者とご対面。まともにしゃべれない中必死で伝えたのに。まぁパニック自殺未遂隔離拘束コースよな。あのせいで何週間入院が延びたか。

きっと親に隠し持っていた虐待110番のカードを唯一の支えにしていた子供がいて、この事件のニュースを見せられてお前もチクったらこうなるのだと脅されている子供がいて、そういう子に必要なのは関係者の謝罪会見ではないしましてや抗議の電話でもない。正義とか復讐とかそんなの身を守ってくれない。なのに責任者を怒鳴れば、親にアウティングすれば、親子の愛があれば、きちんと躾けていれば、家族の情があれば、どうしてそれでうまくいくと思えるのだ。どういう思考回路をしていれば水素を加熱しても爆発しないと結論付けられるんだ。どんな愛をもってしても過マンガン酸カリウムと塩酸を混ぜれば毒ガスが発生するのに。

 

もういい。彼らは私とは違う生物なのだ。

彼らの世界ではありがとうと一万回言ってモーツアルトを聞かせれば塩素がきれいな結晶になって無害になるのだろうきっと。彼らには彼らの国を作ってもらって年号は当日発表で憲法で家族の扶養義務が課せられていてネットは監視されていて愛と徳でもって全てが調和したきれいな世界で生きてもらおう。ピラニアとグッピーを同じ水槽で飼ってはいけない。いやでもわりと本気で、同じ人間だという思い込みを捨てて彼らの心理をちゃんと分析しなければいけないのだろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

やばいグロ画像をみたくなる心理になっているとき

パソコンの閲覧履歴がとても放送できない感じになってる。

グロ画像を見たい気持ちのときは割と心が凪いでいるというか、お化け屋敷に行ってきゃーきゃー言うのとは全然違う感じがする。どちらかというと癒しの猫動画と同じカテゴリだと思う。あと人間脆すぎ。肌がむき出しだから変色や腐敗がばっちり分かって陸上生物というより海の軟体動物に近いのに無駄に内臓や骨格が丈夫だから解けているのに原型をとどめているという中途半端な状態になる。

グロ画像を癒しの環境ビデオと同じ気持ちで見るという趣向はわりと同士がいるけど、あれはいったいなんなんだろう。別に実際に誰かを殺したいとかそういう気持ちではない。自分の生死すらめんどいのに他人を殺す気力なんかない。ていうかほんとに生の内臓を見たいなら猫でも狸でも捕まえてきて解剖してると思う。そういうのではなくて、ぼーっとして気力のないときにエンドレスで流したい。

 

 

と、がんばって自分のことのような文章を書いてみた。

 

 

まぁ実際はグロ動画を見ているときのことは全く覚えていなくて履歴をみてぎょっとするわけですが。全体的に赤黒い。鮮血系はわりとネットに落ちてるけど腐敗系をよくこんなに見つけてきたな。多分明らかに違法サイトというか死体遺棄や下手すると殺人なんで本格的に犯罪サイトなんだけどいろいろと各方面に大丈夫だろうか。なにやってんだよ私。

以前は気づいたらわりと血まみれということがあったんだけど、同じルーツなんだろうか。次から次へと繰り出される見た目が派手でぎょっとするけど後遺症が残らない深さで感染予防も万全というバリエーションの豊かさと発想力と行動力に匠の技を感じて我ながら感心した。あの自傷は何がしたかったんだろう。今私は自傷の代わりにグロ画像を見ているのだろうか。それとも別に関係ないのか。

いきなり失踪して温泉や海外に行っちゃったりする系の行動はなんとなく目的が分かる気がするのだけど流血系はなんなんだ。

 

 

 

 

 

できないのは思いやりがないせいだというのは全員を追い詰めるという話

発達障害に対する定型発達の反応として、いちいち指導すんのうぜー!となるのは当然だろうと思うけれどそこで愛や誠意を疑うというのはアスペルガー側の問題ではなくて定型発達側の愛着障害的な部分の問題だと思う。

愛があればできるはず、ではないし、愛があれば耐えられるはず、でもなくて必要なのは互いにとって心地よい環境を維持するためのシステム構築で、構築のための労力を誰がどれくらい負担するか、でしかない。今システムを作る余裕が無いんだったら別居なり実家なり福祉なりあらゆる手を使って外注して余裕を作る。システムを作る熱意が持てないほど関係が覚めているなら関係解消を視野に入れて話し合う。いずれにせよお互いに考える余裕ができるくらい体力を回復しないと。

 

と、この増田さんを読んで思った。

b.hatena.ne.jp

 

あとこの記事も思った。

tsumugugumu.hatenablog.com

なんでわざわざ遅刻癖のある友人と待ち合わせすんの?仕事なら仕方ないけど遊びだったらつきあうのやめればすむじゃん。イライラするのが趣味なの??

あと自分は苦労して遅刻しないようにしているから相手が平気で遅刻するのがむかつく、というなら自分も遅刻すればいいじゃん。10時集合なら12時に行けばいい。遅刻やごまかしは重罪という価値観を絶対だと思うな東南アジアなら3時間遅刻がデフォやぞ。国際線ですら機長が寝坊したから遅れまーす♪とかやってるぞ。

自分でハードル上げてゴールポスト動かして他人がそれを守れないからといって怒っている人はわりといて、なんか大変そうだなと思う。

 

 

これに対する反応も。

b.hatena.ne.jp

パンプス履く自由を奪うな、みたいなのがあってなんか大変そうな人だなと。そういう人の言う「自由」というのは「みんなが私と同じことを感じ同じ物を好むこと」でそれはもはや自由ではない。

 

 

 

いっそ思いやりが無いとかサボってるとか詐病だとかそういう概念を無くしたほうがいい。今困りごとが発生しているのだから原因なんかどうでもよくて困りごとが発生しないような状況づくりに全力を注ぐべきだ。今高熱でフラフラしているのであればインフルがどうかの診断書はどうでもよくてちゃんと休んで体力回復するほうが優先。原因がインフルでも肺炎でもただの風邪でもブラック徹夜を続けていたらいずれ再発する。

 

 

 

以下自分語りです。

相互理解とか人類には早すぎる。

 

私は高IQな上にちょっと特殊な才能があるので、普通の人には理解できないものが一瞬で理解できたりする。そうすると他人がどうしてできないのかが理解できなくて、悪意があるからわざとやらないだけなのではないかと思いがちなのだけど、基本的に全人類に悪意は存在しないという性善説的な価値観で接するようにしている。慈愛や博愛とかではなくてそうしないと精神がもたない。

 

私が普通の人と意思疎通するとどういうことが起こるかというと

 

私「1+1は2やで」

相手「え、なんで!?1しか出てこない式のどこから2が出てくるの信じられない」

私「ここにおはじき1個あるやろ。こっちに1個あるやろ。ほら二つになった」

相手「ほんとだすげー!気づかなかったうわーー!!二つになってる!」

みたいなことを四六時中繰り返しているわけです。正直、馬鹿にしとるやろおまえ、と思う。けどそこでこんな簡単なこと分からないなんてナメるのも大概にせぇやとか言うとめちゃくちゃ怒られる。

 

まぁこんなの序の口で、さらに

私「で、1+2は3やで」

相手「えっ、そんなことあるわけないだろ1+1は2って言ったじゃないか!」

私「うんうん、気持ちは分かるよ1+1は2だもんな納得できないよな」

相手「そうだそうだ1+2は3なんて嘘だ!」

私「ちょーっとおはじき2個持ってみようか。そんでおはじきもう一個持ってみて。いくつになったか数えてみ?」

相手「1,2,3…あれ、3だ!3が出てきた!?」

私「つまり1+2は3だ」

相手「信じないぞ最初からおはじきは3つあった!」

私「せやな、二つと一つで合計3つだ」

相手「じゃあ1+1は2っていうのは嘘だっっていうんですか!?」

みたいな感じになるわけです。もはや頭が悪いとかそういうレベルではなくて何か高度に哲学的な禅問答的なことなのかもしれないという不思議な気持ちになる。脈絡なく普通じゃないダリの絵を見たときのような。

さらに言えばこんなのまだ相当レベルの高い会話で、ほとんどの人は1+2の話をするころには1+1の話は忘れている。一生懸命説明したのに。なんかもう話の内容とかどうでもよくなってああ今日も空が青い宇宙って広いんだな…という気持ちになる。というかそれくらいの気持ちでないとやってけない。なんで分からないんだろうなんでこんなことを言うんだろうとかいちいち真面目に考えていたら頭がおかしくなる。

逆に私が不得意な分野についてその道のプロに聞くと同じ反応をされる。なんでこんなことがわからんのだ目の前で起きている現象を見るだけじゃないかなんで1分前に説明したことをもう忘れてるんだわざとか俺になんの恨みがあるんだ。みたいな。いやお互いにそういうのは慣れっこだから別に本気で怒ったりはしないけど、歯がゆいよねわかるごめんねーとなる。

それにたとえば、真心があれば200キロの球が投げれるはずたとか100m9秒台で走れるはずだとかトリプルアクセルできるはずだとか要求されても無理。

それとか、犬や猫に扉が開けられないのも同じ。手足が器用でなくても原理が分かれば何かしら工夫してドアノブを回すことはできるだろうに、たとえ飢え死にするくらいの状況でもドアを開けるという発想に至らない。

 

なので、できないのはなまけているからだとか真心があればできるはずだとかいうのはデマです。そういう問題じゃない。見えているものが違いすぎるだけ。

ほんと、みんな別に悪意があるわけじゃなくてほんとに本気で分かってないだけなんだよね…むしろ私の説明が下手すぎるっていうか、相手の認識が理解できていない私のリサーチ不足の問題なんで。

 

 

 

 

と、日々己に言い聞かせて仕事してる。

 

 

 

 

 

 

 

 

あーほんともう、真心があればステキな会話ができるはず空気読めないのは私を愛していないからとかどこのアントワネット様だよ!

そんな勘違いできるとかうらやましいと思うと同時に生きにくいだろうなと思う。気に食わない奴はみんな悪意を持っているとか周りの人が全員敵みたいな感じなのできっと戦場サバイバルみたいな気持ちで日常生活を送ってるのだろう。

 

 

男性への性加害を軽視する風潮について

正直ドン引きしたのだけど、加害や不名誉とは社会が規定するものであり変化しうるものなのかもしれないというのを考えたので書く。

 

小学生男子に性的な行為をした女性が逮捕された件で被害者と容疑者のツイッターがまとめられていてそれに対してうらやましいとか男の勲章とかいう感想が上がっていた。

この事件がもし男女逆転していたら問答無用でポリコレ棍棒やフェミ棍棒が発動して類似事例のmetooからの失脚祭りに発展してがんがん燃やし尽くされる案件だと思う。

 

なのに男性論客が誰一人「これは加害である」と明言しないのが闇深い。

え、なに年上のおねーさんとセックスするのは男にとってご褒美なん?二次創作じゃないよ現実に起こったことだよ?

 

だって小学生女子がネトゲで知り合ったオッサンを頼ってたった一人で縁もゆかりもない土地に行ってオッサンとセックスしまくってました。とかもう想像するだけで胸が締め付けられる悲惨な状態じゃん。なんでそんなことしなきゃいけないほど追い詰められちゃったの福祉と周りの大人は何やってるんだ。そんな子とセックスしてあまつさえ「合意の上だった相手も喜んでいた」とか発言するオッサンは万死に値する。

 

 

この事例のキモは小学生がわりと能動的だったことで、わざわざ電車に乗って女性に会いに行ってそこで女性と「みだらな行為」をしたのだから小学生のほうも合意があったんだろ綺麗なお姉さんとセックスできてうらやましい。という思考の流れになりうるのだと思う。思いたい。まさか被害者が男性で加害者が女性であれば強姦でもうらやましいとか言う鬼畜はいないよな…?

でもやっぱり女性被害者のほうが悲惨、というような気持ちは正直私の中にもある。つっこむより突っ込まれるほうが被害が大きい、みたいな。確かにレイプされた後にモーニングアフターピルを飲まなければいけない女性のほうが身体的ダメージははるかに大きい。

逆に加害者目線で考えてみた時に、女性加害者と男性被害者であればせいぜいカンジダうつされたとか擦りすぎて亀頭から血が出たとかそんな程度にしか加害できないけれど、男性加害者と女性被害者であればその場で傷付けるだけでなく妊娠させることもできるしホルモンバランスを含め長期的に体の内側を蹂躙することができる。*1加害者の目的が支配であればやはり男性加害者のほうがより強力に目的を達成することができる。これが男性のほうが性犯罪に走りやすい理由かもしれない。加害したい女性は性犯罪以外の方法をとるのではないか。

 

そういう勝利条件と敗北条件の差異というのはあるとしても、やっぱり大人とセックスする小学生の子供に対してうらやましいという発想はおぞましいと私は思う。

でも果たして本当におぞましいのだろうか。自己決定権やら自由やら権利やらという現代的観点でみたときに、選択肢の少ない子供に対して何かを強要するのは悪なのだけど、自由なんかくそくらえなエセ保守の皆様方にとってはモノにしたオンナの数が勲章なのかもしれない。

 

なんだろう、なんか、古代アステカでは生贄になって神に身を捧げるのが最高の名誉とかそういう話を聞いたような気持ち。なんで会ったことも無い神のために死ななくてはいかんのだという現代的な観点を古代アステカに持ちこむのは文化的侵略で、たぶんコンビニのエロ本を撤去するのが侵略と感じられる人もそういう気持ちなのでは。そういう人たちを同じ文化を共有する人間として扱うこと自体が間違ってる気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

*1:ここでは挿入からの射精というテンプレセックスを強要することのみを想定しています。それ以外の暴力や傷害は想定していません。

現在進行形で自分の子のことをあんまり好きではない親なんだけど。

よんだ。きっつい。そしてこれをきついと表明してちゃんと認められる世の中になったことがうれしい。

ただ子供目線での一方的な断罪でしかなくて、毒親の連鎖を断ち切るための方法が「親が鋼の精神力でがんばる」だけなのでそこがつらいなーと。がんばるだけですむなら警察も福祉もインフラも人権も憲法もいらないんで。物理的に無理なものは無理なんで。無理しないで作者さん。

note.mu

 

 

 

正直、自分の子をそんなに好きではない。

一応ちゃんと家に置いているし物理的には不自由させていないしできるだけ手をかけて育ててはいる。でもたとえば彼女が私の同級生であれば卒業まで一言もしゃべらない関係だろうと思う。

 

そもそも私は非モテでコミュ障で喪女でオタクで陰キャでセクマイで複雑な家庭でわりと虐待とか受けてる精神疾患持ちの狂人と紙一重の天才なので、だいたいの人とは話が合わない。まして怒鳴られも殴られもレイプもされず毎日自由に出歩いて友達と遊び温かいご飯が食べれる干支が何回りか違う未だにサンタさんなんかを信じている女の子と話が合うわけがない。

そんなリア充と仲良くとか無理に決まってんじゃんコミュ障なめんな。いっしょの部屋にいるだけで怖いし泣きたくなるし病む。できるだけ話したくないし目を合わせたくもない。

親を普通に信頼してるとかありえん。あいつの見ている世界が想像できない。同じ地球に生きる同胞って気がしない。

現状の核家族の中での子供にとって親、とくに母親は絶対的な愛情と信頼の対象である、というのは私にも理解できます。どんな仕打ちをされても子は母親を信頼しようとする。外野がどんなにそんなクズ親捨てちまえよ!と言っても深く愛しそれゆえ苦しむ。そういう愛なら分かります。

でもそうじゃなくてライトにお手軽にキティちゃんを愛でるような気楽さでママ大好きっていうのがわからん。私はただ衣食住を提供してこの世の理をいくつか説いてあとは割り算とか因数分解とか教えたり博物館や美術館やディズニーランドに連れて行ってやったりしただけのババアやで?便利に言うことを聞いてくれる都合の良い養育者として重宝されるのは分かるけど好きとか思うほど重要な存在ではない。アッシー君やメッシー君扱いで十分。

わかんねーよほんとあいつの考えていることがわからない。砂糖菓子とスパイスといろんなステキでできた彼女と才能と怨嗟と諦観でできた私は絶望的に共通点がなくてせいぜい天気の会話くらいしかできない。仲良くするとか無理。ディズニーランドにはつれていってやれるけど、一緒に笑顔になることはできない。ミッキーと写真撮るとかちょっと死んで来ていいですか。

 

彼女と私には共通の楽しめるものがない。だから二人で時間を過ごすということはどちらかがどちらかの顔色を伺うことでしか成立しない。私もいい年した大人なので、お友達がどうたらプリキュアがこうたらいう話を黙って聞くことは苦痛ではあるができなくはない。相槌を打つこともできなくはない。でもそれは大量の文章を食ったAIが現状に即した言葉を吐いているにすぎなくて共感は成立しない。

 

そんな私はどうするのが正解でしょうかね?

オフの時間は全て好きでもない子のために潰してご機嫌伺いすべき、なんでしょうきっと。そしてプリキュアポケモンを好きになりミッキーと写真を撮れ母親なら愛しているならできるはず。

むりだわー。できるならとっくにそうしてるわー。こんな不安定な仕事してないわ普通に就職するわーwwていうかそれ可能だったらこんな波乱万丈人生送っとらんわwww

 

 

私の場合、そこで「あー無理だよねそりゃ無理だよむしろちゃんと養育してんのすげーわ」と言ってもらえる事情がありました。そしてどうしても無理だったら子を手放すという選択肢もあった。むしろ手放して当然扶養義務もないのに伊達と酔狂だけでリソースごっそり削って家族ごっこしてんのウケルwwくらいの扱い。だからこそ子を好きになれないなんて平然と言い放てますしそれを言ってもいまさら誰も傷つかない。休日に子と目を合わせずにいないものとして扱うなんていう非道も罷り通ります。

 

だからこそ私は彼女を憎まないでいられる。

彼女は砂糖菓子のまま私に養育されていられる。

 

子育てとは全然関係ないのですが、最近私はとある分野から足を洗いました。憎くて憎くて生涯の大半を憎むことに費やしむしろこれは深い愛なのではないかと思いかけていたその分野ですが、関係が途切れた途端完全に興味関心が途絶えました。別に私はその分野に関しては毛一筋ほども関心が無くてそんな心底興味のない分野への関心を強制されたことのみを憎んでいました。n=1の私見ですけれど、憎しみはそれ単体では単なる無関心でしかなくて、関係を強制されたときに初めて発生するものではないかと思います。いじめもセクハラも出会ったことの在る人にしか発生しません。縁もゆかりもない名前も顔も知らない人をいじめることは不可能です。

 

だからもう、毒親とかそういうのやめたほうがいいと思う。あるのは毒親ではなくて毒親になってなお解消できない関係を唯一のものとしてしまう社会構造の歪でしかない。

だいたい親に絶対の愛着を持たせるのがリスキーすぎる。親も子も互いを選べないのに永遠の愛を誓うとかあまりに無謀。結婚相手をリセマラ無しガチャで選んだら破綻するのは誰でも分かるのに親子ガチャは一回で成立させて成立しなかったら人間じゃない犯罪者とか認知の歪みこわい。むしろそれで成立してる現代社会がやばい。どんなクソゲーだ。

 

あと、私の子としても私に養育されるのはわりとメリットあるなと思います。

いや彼女のメリットは彼女が決めることなのでこれは現時点での私の想像でしかないのですが、彼女はたぶんごく普通の家に生まれ育ったらごく普通の女の子になれる素質のある子です。何の疑問も持たず学友と学校に通い卒業して就職して異性と結婚して専業主婦になって、というあたりまえの外側にある多種多様な事情を知る機会も無かったでしょう。純粋培養で脳みそスポイルされて頭の固い大人になってから様々な理不尽にいきあたりイタい醜態を晒すよりは子供の内から意味の分からない事情持ちの存在を認識して世界の多様性を知ったほうがたぶんいい。そして平和裡の多様性は無関心と同義で、そこで無理に関心を強要するから憎しみが産まれる。

それに私は彼女を私とは全く別の存在と認識しているので彼女に何かを期待することはありません。それも一応メリットではあると思います。私の望む良い子でないことなんかいまさら驚きもしない。だいたい不登校にもならずいじめにも合わない時点で想定外すぎて今後どうなるかどうなってほしいかなんか考えられない。総理大臣になってもノーベル賞とってもシリアルキラーになっても驚かない。好きに生きてください。

 

普通のご家庭がどういうものなのか全く知らないので想像なのですが、いろいろな人の反応をみるにたぶんみんな「平然と存在する多様性」と同居する経験が少なすぎるのではないかなと思います。円満な家庭で育った人は自分と異なる価値観があることを知らずに育ち、毒親みたいな相性の悪い家庭で育った人は蝕み脅かす多様性しか知らない。社会全体が見捨てられ不安の情緒不安定な女の子みたいになってる。

 

 

 

なんかもういいじゃんみんな気軽に子供が嫌い親が嫌い顔も合わせたくない同じ空気を吸っているだけでむかつくって言おうよ。嫌いなら嫌いでいいじゃん殺し合いしてないんだからほめてよ無理に仲良くさせようとすんなそれが憎しみの根源だ偽善で家族を壊すなら人殺しの顔をしろ。

 

 

 

なんか悲しくなった人はこれ読んで落ち着こう(宣伝)

 

オハナホロホロ (1)

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 もっと悲しくなりたい人はこれ読もう(宣伝)