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雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

『当たり前の常識』を疑ってみることのできないタイプの人達について

昔なんかの飲み会かなんかでいいかげんな心理テストみたいなのが話題になって、「もしあなたの進む道に到底越えられない大きな壁が出現したらどうしますか?」って聞かれたことがあって、私の答えは「アクセル踏み抜いて壁に突撃。それでも突破できなかったらダイナマイトで爆破。それで無理なら核爆弾で壁と心中」だったんだけど、私以外の人は「あきらめる」とか「抜け道を探してみる」とか答えててちょっとカルチャーショックだった。

 

私は「そこに壁がある」と認識した瞬間テンションが天元突破して全力でぶち壊しにかかるのね。壁を壊すということが最優先になって他のことがどうでもよくなる。どうやらその性質は遺伝らしくて、血族の女性のほとんどは私みたいな好戦的な生き方をしているから女ってのは制約をぶち壊すイキモノなのだと思ってた。今よりずっとジェンダー規範の厳しい昭和初期を生きたばあちゃん連中なんか北斗の拳並みな脳筋ばっかだから、私なんか全然普通の穏やかな性格だよね、って。

 

でも大概の人は壁の内側で小さく生きることを選択するらしい。

たとえば、会社がブラックだった→ブラックな会社で生き残ることを考えよう

って考え方が私には全然わかんない。会社がブラックだと認識した瞬間にいかにブラックを粉砕するか考えるよね。それかブラックじゃない稼ぎ方を探すよね。なんでわざわざブラックにしがみつくの。

親が毒親だった→大人になってからも親と会うのが苦痛

とか。毒親だと気づいたんだったらさくっと縁切ろうよいつまで親で消耗してんのもっと楽しいこと考えようよ。

介護が大変→介護のために仕事やめてさらに詰み

とか。まず福祉サービスフルでつかって、それでも駄目ならさくっと殺す。日本は安楽死認めてないけど大丈夫抜け道はいっぱいある。どうしても殺せないなら縁を切る。自民党改憲草案が通らない限り、こちらが拒否すれば責任を負わずに済む。死に掛けの人につきあって地獄に道連れなんて誰も得してないじゃん。

 

とか、私はそう考えてしまうし実際そうやってさっくり他人を見捨ててきたし見捨てられてきて、人生なんてそんなもんだと思ってきた。

 

だけど大半の人は私とは全く違う考え方をしていて、なんかほんとすげぇって思う。だって私ブラック企業で大人しく社畜するとか絶対無理だもの。毒親と嫌々でも交流するとか心広すぎだと思うもの。介護とかしたくないしされたくもない。

てことで、壁の内側でいろいろ我慢しながら現状維持するタイプの人達はほんとすごいと思うし彼らの選択を理解はできないにしても可能な限り尊重したいと思っているのだけど、彼らは私を尊重してくれないことが多くてそれどころか足を引っ張ってきたりして、意味が分からなかった。

 

で、もしかしたら彼らは「壁を壊さない」という選択をしているのではなくて「壁を認識し壊す方法を模索するという発想や能力が無い」から「仕方なく壁の内側で生きている」のかな、と思ってみたら彼らの行動が少し納得できるような気がした。

 

「残業を無くそう」というスローガンが「残業しなきゃ一人前に仕事できない奴は切り捨てよう」に聞こえてしまうというのは、現状を変えるということが想像できないからなのかな、と。

「残業を無くそう」には大前提として、「そもそも時間で区切れる仕事以上をサラリー雇用の人に任せない」とか「その人にあった仕事量をこなすだけでちゃんと生きていける雇用体系を作る」とか「自分の食い扶持を稼ぐ能力の無い人向けに福祉を充実させる」とか「その人の特性にあった仕事を自由に選べるシステムを作る」とか、そういうのがいっぱいくっついている。

 

 でもその隠れた前提を見ずに現状のまま残業を無くすという表層だけを聞けば、そりゃ能率よく仕事ができない人を切り捨てることのように聞こえてしまうよねぇ。

 

 

なんかその辺に、「リベラル派はトランプ支持者をバカにしている」とか言われてしまうすれ違いが生まれる原因が潜んでいそうな気がする。

エリート連中はそろそろ理解不能の他者である愚昧な大衆の存在を認めなければいけない

私は、自分の能力なんてたいしたことないし学歴や業績も全然ゴミレベルだと思っている。私のサクセスなんてとてもじゃないが自慢できるようなもんじゃない。

って、思ってる人っていっぱいいると思うんだよね。

 

大半の人は、「私なんてせいぜい国立の文学部出た程度だし」だとか「中小企業にやっともぐりこめた程度だし」だとか「センター試験で全然点とれないし」とか、そんな感じに「自分なんかべつにたいしたことないしエリートなんかじゃない」って思ってるんじゃないかなと思う。自分を卑下するとかじゃなくて普通に「私なんてそんなもん」って。

だけどさ、それってたぶんさ、非エリートの人からみればとんだマリーアントワネットに見えるんじゃないかという可能性に今おののいている。

 

 

 

www.businessinsider.jp

以下引用。

レイシスト』とか『バカ』呼ばわりするのをやめてくれ。わたしたちはそうではないからだ。なぜそうではないかを説明する我々に対して耳を塞がないで欲しい。それと、笑いものにもするな

 

我々がどんな生活を送っているか想像もつかないんだろうな

 

黙れと言わたり、悪者扱いの気分になるのはもうこりごりだ。

 

リベラル派は、彼らが分裂ではなく団結を求め、誰でも受け入れるといいながら、人口の半分を占める人々の知的レベルや彼らがいかに現代世界から取り残されているかについてコメントする時、そこには偽善が存在する

 

いや、たぶんさ、実際リベラル派がトランプ支持者に明確な悪意を持って『レイシスト』とか『バカ』とかの罵声を浴びせたこともあったと思うんだ。それはほんとにもう鬱憤をトランプ支持者にぶつけるリベラル気取った奴が悪い。

 

だけどおそらく彼らの憤りの本質は子供じみた癇癪をぶつけられたことじゃない。

彼らは、我々のあり方そのものに怒っているのじゃないだろうか。

 

 

「私なんか国立文系だし」とかそれ国立って時点で超エリート。むしろ大学行けてる時点でエリート。奨学金無しで仕送り貰ってるとか貴族並みの金持ち。

「中小企業にもぐりこめた程度だし」って採用通知来てる時点で選ばれしもの。

センター試験で全然点とれなかったし」ってセンター試験受けてる時点で天才。

ていう価値観の人が世の中には普通にいっぱいいるってことに私達はそろそろ気づいたほうがいい。そしてそういう人達は私達が普通に話しているだけですごく追い詰められた気持ちになるということにもっと配慮しなくてはいけない。

 

syakkin-dama.hatenablog.com

こちらの方の記事はほんとうに目からウロコだった。

能率悪くしか仕事ができないとか、え、それほんと?努力が足りないとかやる気がないとかそういうレベルじゃなくほんとにできないとか、全然想像できない。

ちょっとマジレスすると、こちらの記事の方はいくつかの問題点を混同してんなとは思う。

おそらく元記事で言いたいことってのは

  1. 日本の会社無駄が多すぎ→無駄を減らすのは大事。
  2. でも能率よく仕事できない人もいる

ていう2点だと思うのね。でも1と2の問題点は対立しない。無駄を減らすことと、個人の仕事スタイルを尊重し自分の能力にあった仕事を選べるようにすることは矛盾するどころかむしろ表裏一体だ。

 

でもここで元記事の人は問題点2に複数の要素を詰め込んでいて、

  • 単純に能率が悪い人がいること
  • クリエイティブな仕事には無駄な時間が必要なこと
  • ベンチャー企業ではアホほど無駄な時間が必要なこと

これらはそれぞれ別の問題。そしてクリエイティブかつ無駄な時間や、ベンチャーかつ無駄な時間というのはこれもうサラリーマンの範疇越えてるね。そういう無駄な時間を使いたいならサラリー外でやるか管理職に昇進すればいい。サラリーで雇用している人にそんなことをさせること自体が問題。

単純に能率が悪い人がいること、これが今回の問題点で、普通に定時で上がれてしまう人が「この世には自分よりずっと能率が悪い人というのが存在する」ということに気づけなくて、能率が悪い人にまで自分のペースを押し付ける形になってしまっているという構造になっている。

だから、私はやっぱり残業はなくしたほうがいいと思う。その結果定型発達しかサラリーマンになれない社会になって、その代わり、能率が悪い人やクリエイティブ気質だったりベンチャー気質だったりする人はサラリーマン以外の道をおもいっきり手厚くするのがお互いのためじゃないかな。

て、思うんだけどそう言うと今度は「サラリーマンになれるほど優秀じゃないのに自分の才能一本で勝負する気概のない人」がごちゃごちゃ言ってくるのよねぇ。むしろそういうタイプの人が一番不安を抱えていて一番攻撃的だ。

でもやっぱ「安定して稼げる能力はないのに安定にしがみつきたい人」が安心して不安定を選べるくらいがっつり社会を整備するしか解決策は無いんじゃないかなぁ。

 

 

 追記。

残業禁止にされたら死ぬ、という発想になってしまう人というのは何を見ているのかについて考えてみた。

 

hedgehogx.hatenablog.com

 

 あとなんか残業禁止問題についてすっぱっとさっぱり答えを出してる人がいた

anond.hatelabo.jp

 

あっさり見限って独立しちまった私からするとADHD増田のコミュ力がカンストしすぎてまぶしい。

 

 

 

 

 

私なんかこないださぁ、受験で苦労した思い出しゃべってたらなんか急に泣かれたんだけど。「センター試験なつかしー、英語苦手でどうしても満点とれなかったんだよねぇ」って思い出話のいったいどこに自慢要素があると?むしろセンターで点をとりこぼすとかこっぱずかしい思い出でしかないじゃん。

私は私の在り方のどこが相手の地雷なのかさっぱりわかんない。

だけど私はただ存在しているだけで彼らの怒りを買う。私は強者で、彼らは私に踏みにじられる弱者だ。彼らは数が多く声が大きく政治力を持ち私を追い詰めてくるけれど、それは窮鼠が猫を咬んでいるのであってあくまで彼らの心情の中では彼らは弱者で私は強者なのだ。そして自分は弱者で自分のやっていることは聖戦なのだと信じ込んだ側の残虐さは歴史が示している。

 

私は彼らに追い詰められていると思っている。

彼らは私に傷つけられたと思っている。そして報復は正当な権利だと信じている。

 

この負のループを断ち切るためには、自分と相手の行動原理をメタ認知しなければいけない。ということはメタ認知ができるほど頭のよい側が行動を起こさなければ戦争まっしぐらだ。

 

 

 

 

 

自民党が言論封殺している現状は絶望なのか希望なのか

自民党やばい

教育勅語を暗唱させる、近隣の国を卑下する、保護者に脅迫状を送る、などヤバすぎる噂が後を絶たない森友学園なんだけど、大手メディアだけでなくまとめサイトなども軒並みそのことを取り上げないで民進党叩きばっかりしている件について。

 

 

森友学園の右すぎるヤバさはこちら

hifuminonikki.hatenablog.com

 

そんなヤバい所業を大手メディアがほとんど報道していない現状

anond.hatelabo.jp

 

これだけヤバいことやっててネットでも拡散されてて知ってる人は普通に知ってるのに大手メディアが取り上げないって現状はいったいどういうことなんだかちょっとよくわからなくて、そろそろ本気で亡命の準備をすべきなのかそれとも楽観してていいのか迷ってる。

 

だって、もうこれ明らかに森友学園も安部も自民党も維新の会もヤバいじゃん。

どこがどれくらいヤバいのかという重箱の隅をつつくような議論はまだすべきだろうけど、全体的になんかヤバいというのはもう確定じゃん。なのになんでみんな平気な顔してんの。

 

これとかも。

headlines.yahoo.co.jp

 

これって普通に読めば

  • 安部メルマガは大枠は正しい内容
  • でも菅直人は海水注入の停止を指示していないのは裁判で確定(ここ大事!)
  • よってその部分は安部メルマガの誤り

 

むしろ安部氏が管氏のことをあることないこと言った、てのは裁判の中で安部氏本人も公式に認めちゃってるわけだから悪いのは安部氏じゃん。

なのになんか、菅直人原発事故を起こしたから有罪になった、安部氏は正義で管氏は悪、みたいな解釈しちゃう人ってけっこういるらしい。

 

てか、こういう話をするときにさ、普通の私だったら論文とか条文とかひっぱってくるわけ。こんな↑馬鹿な狂信者みたいな雑な文章書くとかすげぇ恥ずかしい。

でも馬鹿な人ってのはこれくらい↑馬鹿な書き方をしないと理解できないらしい。

彼らにはできるかぎり事象を正確に説明しようという努力は理解できず、安部氏の「もう一つの真実」だとかいうわけわからんキャッチフレーズを正しいと思ってしまう。

 

 

だけど私達はそんな馬鹿が存在するということが信じられなくて、今起こっていることを馬鹿にわかるような言葉に変換する努力を怠っている。

複雑さに耐え切れない馬鹿にとっては、ヒラリーが提唱する不確かで複雑な試行錯誤よりもグレートアメリカメイクアゲインのほうがよほど現実味があるように聞こえるということを我々は認めようとしない。

 

んーと、これって次の選挙も安部が勝っちゃう流れ?

安部普三記念小学校が出来ちゃう流れ?自民党改憲法案が成立してナチ並みな憲法になっちゃうっぽいのもしかして?

 

まさか、もしかして大衆ってみんなそんなに馬鹿なの?

二回も世界大戦があって原爆まで落ちて、それでも学習してないわけ?

 

だとしたらそろそろ本気で亡命を考えなきゃいけないと思うんだ。

 

 

だけどみんなあまりに平然としているから、もしかしたらこれは盛大な茶番なのかもしれないという可能性を捨てきれない。

みんなほんとはマスコミが嘘ばっか言ってるのはちゃんと分かってて、ちゃんと自分の中での事実を取捨選択してて、もうマスコミなんかどうでもいいからアホなこと言ってても放置してるんかな、って。

実際マスコミの信用ならなさを理解したうえでげんなりしつつもスルーしている人ってのは一定数いるとは思うのね。私もそうだし。だけどほんとにみんなスルーしてるだけ?それとも恐ろしいことに安部政権がグレートジャパンメイクアゲインするんだって本気で信じちゃってる知的障害者なの*1

 

え、どっち??

 

*1:自分の書いたギャグを解説するのは野暮のきわみかもしれないが知的障害者のみなさんには理解できないかもしれないから解説すると、私は別に安部政権が絶対悪だとか民進党が至高だとか言っているわけではない。政治に分かりやすい解決法は存在しない。あるのはうんざりするような細かい試行錯誤だけだ。それを理解できずにバブルを再興してバリバリ経済成長するグレートジャパンをカンタンに作る方法があるのではないかと思ってしまう単純な脳みそを知的障害と称している。

子持ちは独身に搾取されている

結局、子無しは子持ちをどんだけ踏みにじってるかを理解してないのが問題なんだろうなってところ。

彼らは自分たちが子持ちにどんだけ依存していて、どんだけ搾取してるのか理解したうえで覚悟を持って子持ちdisしてるんだろうか。なんかふんわりと「子持ちは偉そう」「子持ちは目障り」と思ってるんだったらとてもみっともないしその程度の覚悟で必死で生きている人を叩くのは人として最低だ。

www.tantandaisuki.com

この人とかさ、自分が何を言ってるのか分かってんのかな。

 

 

「子供ができればわかる」ってのはお気楽な独身からすればマウンティングやハラスメントに聞こえるかもしんないけど、ほんとーーーーにね、現代日本における子育てって理不尽なのよ。時間もカネも自尊心もなにもかも根こそぎ奪われるのよ。ほんともう絶望しかない。

例えるならうっかり入社しちゃった会社が24時間フルタイム残業な上に給料出なくて経費は自己負担。次から次へと理不尽な要求をされてこなせないと社会的制裁が待ってる。電通も真っ青なブラック待遇が子育てってやつだ。

 

なのにそれを「自分で選んだことなんだから責任持て」とか言われちゃうわけ。

子供なんて生まれてみなきゃどんな子か分からないのに、一度産んじゃったらどんなに相性が悪くても重大な障害があっても育児放棄したら犯罪なわけ。下手すれば殺人。

 

よく子供が熱をだしたせいで休んだ子持ち社員の分の仕事を独身がやらなくてはいけなくて理不尽だとか言うじゃん。でも休んだ子持ち社員は子供の世話してんの一睡もしないで次の日会社でてきてんの。なのに少しくらい残業したって家に帰れば一人でぐっすり寝れる独身社員に「仕事休んだんだからすこしはすまなそうにしろ」とか言われるわけ。休日は全部自分の時間になる独身とは違って、こちとらもう何年も休日なしで働いてるってのに。

 

そこまで血反吐吐いて(ほんとに血を吐いた。胃から。あと病んだし入院もした。)子供育ててるのにさ、独身はのうのうとラクして生きてるわけ。

子持ちは数千万の学費を給料から支払ってからやっと老後費用をためはじめるってのに、独身は子供にかかる費用もないくせに貰える年金は同額なわけ。

その年金は私が苦労して育てた子供が稼ぐものなわけ。

ていうかそもそも全ての大人はかつて誰かに育てられた子供で、何かしらの社会的サービスを受けるということはすなわち誰かの育てた子供に依存してるってことで、子持ちを叩けるのは木の股から生まれて山奥で自給自足生活してる仙人だけ。

 

子育ては社会貢献っていう視点がなさすぎんのよねぇ。

 

社会が回っているのは誰かが子育てしているからなのに、子育ての恩恵を湯水のごとく消費してるくせに、子持ちの努力は「好きで生んだんだから当たり前でしょ?」で片付けて、「子持ちも独身と同じように仕事すべきだ」とかさぁ。なんなのガキかと。

 

独身は自分がどれだけ理不尽なことを言ってるのか自覚したほうがいいと思うよ。

自覚した上で、それでもなお文句を言いたいのであれば「自分は何故こんな理不尽な文句を言いたくなっているのだろうか」という自省に思考を向けたほうがよほど生産的だ。自分の葛藤に関係ない他人を巻き込んで傷つけんのやめてください。

 

 でもって多分独身の人が子持ちをやたら目の敵にしたがるのはこういう構造に捕らわれているんじゃないかというのを考察してみた記事がこちら。

hedgehogx.hatenablog.com

 

 

でもこういうことって弱者の側から発信しないと強者は自分のあり方に気づけないんだよね。自分がどれだけ甘ったれか気づけないまま「子持ちが悪い」「オレは悪くない」っていう思考に捕らわれてしまうのは不幸なことだと思うし、そういう不幸な甘ったれを量産してしまったのは我々子持ちのプレゼン不足だ。

 

子育ては愛情や趣味で片付けていいようなもんじゃなくて、重要な社会貢献であり現代日本においては過度なシャドウワークと化しているということをもっときちんと発信すべきだと思う。

自分自身が何を言っているのかすら理解できない愚昧な大衆について

もしかしたら大多数の人ってすっげぇ頭悪いんじゃないかなという疑念を持って数十年人を観察してきたけど、やっぱ大半の人ってすっっっげぇ頭悪いわ。確信した。

 

上司とか先生とかがすげぇ理不尽に怒ることってあんじゃん。でもあれって何か目的があって怒ってるんじゃなくてムカついたから怒ってるだけなんだよね、ってのが私的には驚きだった。

「私はムカついている、だがムカつきの理由を自分でも把握できていない、よって理不尽に暴言を吐く」というのは理解できるんだよ。でも「今私は理不尽な暴言を吐いている」という自覚すらなく「私は合理的で理性的に正しい行動をしている」と信じ込みながら理不尽な暴言を吐くというのが超斬新。

彼らは全然正しくなくて合理的でもなくて、部下の失敗を怒っているように見せかけて実際は自分の母親との確執を私に投影しているだけだったりする。しらねぇよお前のカーチャンなんて。私はお前のカーチャンじゃないし、幼児プレイも願い下げだっての。

 

でもそういう自分自身が何を求めているのか理解できない人達ていうのは無自覚な欲求に強力に支配されているから逆に操作はしやすくてラクだよねっていうのは、ヤバい家庭に生まれてしまった子供やヤバい会社に就職してしまった新人にとって有効なライフハックになりえると思う。

 

自分自身が何を求めているのか理解できずに周囲にやつあたりすることしかできない残念な人達の感情のもつれを丹念にときほぐしてあげて、彼らの望む言葉を一言二言与えるだけで彼らは簡単に信者と化す。赤ん坊が肉体的な排泄の処理をしてくれる母親を絶対的に必要とするのと同じように、彼らは感情的な排泄の処理をしてくれる他者を求めさまよう憐れな子羊だ。

 

 

 

 

【急募】神

相手の求める言葉を一言告げるだけのカンタンなお仕事です。

アナタを妄信する信者を増やして悠々自適ライフを送りませんか?

 

 

みたいな。

 

お上品なSSTとかさ、ああいうのの前提って「いかにマジョリティにすりよるか」じゃん。でもマジョリティってのはほんとーーーーにバカなので私達が彼らのご機嫌伺いしても意味なくて、マジョリティに啓蒙活動するのも意味なくて、むしろマイノリティってのはマジョリティをコントロールして統治するかを考えなくちゃいけない。

そういう態度に対して上から目線だとか選民志向だとかズレた文句つける人は「理解不能の他者」という理不尽に蹂躙されたことがないお幸せな人なんだから気にすることない。

 

現在「健常者」とか「定型発達」とか言われてのさばってる普通の人ってしょせんその程度の人達だと思うし、そんな残念な頭の彼らと上手く付き合っていくにはそれくらいきっちり割り切んなきゃいけないんだと思う。

 

 

他人ばっかたたきたがる人達のロジック

たしか橋本治がどっかで「自分のことを考える」がそのまま「相手のことを考える」になってしまう人がいる、みたいな話をしてたんだけど、もしかしてそういう人のが主流なんかな。

もしかしたら「自分が何を感じたか」が「相手が何をやらかしたか」に滑らかに繋がってしまうタイプの人というのが社会の大半を占めるのではないかと思ってすこし慄いている。

 

最近ちょっと炎上してたPTAが必要かどうか論もそう。PTAマジ意味不明だしもういらないんじゃね?という意見は、PTA活動に存在意義を見出してる人にとっては自分たちの人生観を否定されているかのように聞こえてしまうからこそあんなにヒステリックに反対してくるのだろう。

 

運動会は絶対必要だし、地域交流も絶対必要で、だから現状のPTAには意義がある、みたいなこと言われてもさ、いやおまえの価値観なんて興味ねーよっていう。奉仕活動が好きならやりたい人だけで勝手にどうぞ。

て言うとさ、ベルマークは子供が自主的に集めてるんだとか言い出すんだよ。自主的ってねぇ…。私が子供の頃にも建前上はベルマークは子供が自主的に集めてたし地域清掃は子供が自発的にやってたし能天気な大人はそれを無邪気に信じていたけどさ、それ別に自主的じゃないじゃん。強制じゃん。サボったらハブられれんじゃん。自主的に楽しくベルマークをあつめることができるのは健全な肉体と健全な精神をお持ちのスクールカースト上位者だけだということを大人はいとも簡単に失念する。学校という閉鎖組織の中での自主性なんてそんなの信じてる時点で頭おかしいよ。

 

PTAも強制参加じゃなくてみんな同意してるとかいいだすんだよね。

でもさ、保護者は子供を人質にとられてるわけ。親と子供の癒着を強制するPTA擁護派のオバハンは親の言動のツケを子供に向けることに罪悪感すら感じないわけ。そんな中で反対も改革もできるわけないじゃん。

 

結局彼らには私達の苦悩は無かったことにされて、ベルマークは子供が自主的にあつめてて運動会は子供にとって有意義なイベントで、そうじゃないかもしれない可能性はすべて揉み消されて、都合の悪いことを見なかったことにできる頭の悪い人達がうらやましいなと思いました(こなみかん)

こっちは区別してるだけなのに差別だと怒り出す人たち

天才の愚痴

どうも、毎度気分悪い愚痴ばっか書いてるhedgehogxですこんにちは。

 

はてなトップに天才叩きみたいなのが乗ってたので便乗してちょっと。

 

 

世間にはおそるべき量のおそるべきバカがいる。そしてそれが日本の『普通の人』だ

 

 

 

あああああわかる。わかるよその気持ちーーー。

 

そうほんと、世の中って自分の前提が通用しない場合がすっごく多くて、それは経てきた体験の違いだとか感じ方の違いだとか以前にね、脳みそのスペック的な絶対的に越えられない壁があんの。その壁をしっかり自覚しないと足元すくわれんの。

 

 

このツイート見てね、

上から目線で一般大衆を馬鹿にしたような書き方

愚民を導いてやろうみたいなん

反知性主義の温床

 

 みたいな反応してる人がいて、いやそういうことじゃないんだよこれ、って思った。

いやこのはあちゅうって人や電通の先輩って人がこの言葉をどういう意図で言ったかは私は知らないよ。もしかしたら電通の社員は本気で愚民を導いてやろうとかそんな頭悪いことを思ってるのかもしんない。

でも、彼らがどういう意図で発言したのかに関わらず「この世には恐るべき量の恐るべきバカがいる」ということは、平均より上の脳みそを搭載してしまった人にとってとても重要な教えで、それは決して他者をバカにしたり見下したりする意図ではない。

 

 

なんていうの、脳みそがハイスペックってことはね、自分にとって呼吸をするかのようにあたりまえに出来ることが他人はできない、って事態が常に起こってるってことなの。でも『自分にとって呼吸をするかのようにあたりまえ』のことを自覚するのは難しい。「今日も心臓動いてんなぁ」「今日も皮膚呼吸してんなぁ」なんていちいち自覚できないでしょ。「私の心臓は動いているけど、隣の人の心臓は動いていないかもしれない」なんて思わないでしょ。それと同じように我々は自分の能力の高さと他人の能力の低さに気づけない。

 

普通の人が同じ問題になんどもつまづくのが、不合理な選択肢を選びたがるのが、同じ話題を飽きもせずに繰り返すのが、簡単に情報操作にひっかかるのが、自信たっぷりに破滅への道を直進するのが、なぜなのか私達には分からない。

普通の人の行動の基準が全然わからないから、普通の人は何を考えているか分からない、突然意味不明の行動をする人達に見えてしまう。あるいは自分自身が社会のルールを理解できない狂人に思えてしまう。

 

でもね、そうじゃなくて、普通の人ってほんとーーーに、びっくりするほどバカなんだよ。

目の前に落とし穴があったって気付かないで進んじゃうし、ライフル乱射している人がいたって気づかずに撃たれちゃう。そこに意図も信念も存在しない。ただバカすぎてわかんなかっただけなんだ。

 

 

身近な例を上げると、

 

まず普通の人って5行以上の文章の理解を放棄するから。文章は新聞くらいの難易度じゃないと読めない。あと母国語しか読めないから。英語とか無理だから。ドイツ語とかフランス語とか中国語とかもっと無理。外国語なんてテキトーにネット検索してればなんとなく読めるようになるでしょ、とか思っちゃいけない。彼らは英語の論文を読みたくないんじゃなくて読めないだけだから。

それに普通の人って買い物中に合計金額暗算できないから。普通にレジ通してからお金足りないことに気づいて慌てんのはあれケセラセラの信念を貫いてるとかじゃなくてバカなだけだから。

それからカードゲーム。普通の人はポーカーや大貧民で場に出たカードを暗記しないから。あれは確率じゃなくて運ゲーの扱いだから。もちろんかるたや神経衰弱もね。普通50枚くらいのカードなんて暗記できんじゃん、と思ってはいけない。

読書もそうだね。速読ってフォトリーディングのことじゃないし1冊の本を1分で読むことでもないよ。1ページを1分で読めたらそれ十分速読だかんね。普通の人が長い文章を読まず分かりやすい煽りに惹かれるのはあれ思想信条じゃなくて単純に読めないだけだから。

あとね、普通の人って一度言われたことすぐ忘れんだよ。ほんとマジですぐ忘れんの。健忘症かなんかかなって心配になるくらいなんも覚えてないの。だから勉強教えるときは写経のような心境で何度も何度も何度も何度も何度も同じこと教えなきゃいけないの。

 

普通の人は「理解できない」と「理解したくない」の区別を理解していない、ってのも重要なポイントだ。自分がとある理論を「難しくて分からない」なのか「それを理解してしまうことで自分に不都合があるから認めたくない」なのかを混同してんだよ。だから「自分には難しい」というだけなのに相手を叩きにくるし、「認めたくない」というだけでその理論は間違っているとか平気で言いだすから。

彼らは自分自身のの意図と言動の乖離に気づけない。だから言ってることとやってることが支離滅裂になるんだよ。そこに意図を見出そうとしてはいけない。ただ彼らは己が何を言っているか分かっていない憐れな子羊というだけなんだ。

 

 

みたいな。

そういうの理解するの超だいじ。

みんなわけわかんないことしてるけど、それバカなだけだからなんも考えてないだけだから、ってのが分かるだけで世の中は随分渡りやすくなる。

自分と他人に見えている世界が違うのだとわかって初めて相手を尊重することができる。

 

そういう天才サイドの孤独で地道な努力をさぁ、勝手に捻じ曲げて解釈して上から目線とかいうのさぁ、まじへこむんだけど。いやべつにあんたのために努力してあげたわけじゃないし恩に着せる気もないんだけどね。劣等感だかなんだか知らないけど、自分の中の地雷を踏まれたからって他人を排除しようとすんのやめてほしい。

 

でも仕方ないのだ。自分の心境をメタ認知する機能を搭載していない彼らは「今私はむかついている」が「私をむかつかせた相手が悪い」に滑らかに繋がってしまう。

それはビンに手を突っ込んだ猿が手を抜くことが出来ないのと同じくらいしょうがないことなのだろう。