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雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

勝手に子供を生んだんだから責任持って育てろという独身は姨捨山へgo

また品のないタイトルをつけてしまった。あれだな、これ。普段真面目な牧師や教師がアジアに行ってはっちゃける、あの謎テンション。だって暑いしお盆でいろいろやられてるし。

 

子連れで諸外国を渡り歩くという鬼畜仕事のときに思ったんだけど、電車で子供が泣いたときに親に向かって文句を言うのって、少なくとも私がみた範囲では日本独特の風潮なのかもしれない。

大概の国(といっても数か国チラ見しただけだから一般化はできないが)では子供に苛立つ人はたまにいるけどそれはあくまで オレ→子供 というベクトルであって オレ→親 には向かない。だって騒いでるのは子供だし、親と子は別の人格だし。own yourself.

 

子供は親の付属品、親は子供の行うことに全責任を負うのがあたりまえ、みたいな考えはとっても日本的、もっと細かく言えば現代日本の田舎的な考え方なのだと思う。

 

 

で、本題なのだけど、子供って将来の大人じゃん。労働予備人口なわけじゃん。それを「勝手に生んだんだから親が全責任持て」っていう人は、他者のサービスを全て受けなくていいんだね?ってこと。

コンビニの店員も農家のおじさんも医者も弁護士も、すべての大人はかつての子供で、だれかが苦労して育てたからこそサービスを提供できるまで育っている。子育ては親の勝手だというなら、子供が大人になって提供する労働力は親の拾得物ということでいいのかな。年金も医療も若い世代が年寄りを支える仕組みだから子育てに関与してない人は働けなくなったら姨捨山にgoでいいのか。

そこで医療や福祉を要求するなら子育てを親だけに押し付けんのは身勝手だよ。

 

というのが私の主張。

 

でもって、ここからがほんとの本題。

おそらく上記のようなことを言うと独身の人はいい気分はしないと思う。すっごく追い詰められてる気持ちになるんじゃないかな。「子持ちは優遇されている、本当の弱者はオレたちだ!」とか言いたくなるんじゃなかろうか。

 

それって、なんで?

 

なににそんなに追い詰められてんの。私の言葉はあなたがたにどう届いているの?

てのが聞きたい。

この話は単なる社会資源の配分の話であって、べつに誰かを糾弾したいわけではない。「私はこう思うけど、あなたの立場だとどう見えてるの?」という話なのに、お互いの地雷を踏みまくって罵りあいになってしまうのはどういう構造なわけ。

 

女性は自分たちの立場を考えるためにフェミニズムを考案した。それは完璧には程遠いかもしれないが、女性は自分自身の置かれている立場を弱者の側からも強者の側からも自ら分析しようと試みている。

だけど、男性側からは「オレのことを認めろ」という主張はあっても自分自身の置かれている立場を自ら分析しようという男性学は単発では存在しても学問として体系化はなされていない。

 

男性も独身も、いいかげん自分たちがなにに傷付いてきたのか、そして何を踏みにじって来たのか、分析したほうがいいと思うんだよねぇ。でもそれをやれる人ってすごく少ないなって。

いや子持ちや女性が完璧にやれてるかって言われたら全然だけどさ、それでも努力はしてるし一応体系化される程度には蓄積があるのになんでそちらさんサイドはそういう努力をしないの?