雑記帳

チラ裏なつぶやき。鬱々しい。

高IQが世間をうまく渡るための考え方っぽい何か。

はじめに。この文章はずっと自分のことをキチガイだと思っていたけどただのしがない高IQだと判明した中年が書いています。

 

普通の人の考えてることって全然わからなくて、だから私の感覚を伝えることができなくてめちゃめちゃ苦労したし現在進行形で苦労してるんだけどなんかちょっと気づきというか手ごたえみたいなものを掴めた気がするのでメモしとく。

 

私の場合、例えば小学校で掛け算を教わった時点で掛け算から発生する考え方である割合や面積やベクトルや速度やデカルト平面やなんやかんやを理解してしまっていた。ここでよく誤解されるのが「理解してるんだったら説明できるしテストも100点とれるはず」ってところなんだけど、言語や視覚優位の高IQならともかく立体や感覚優位の高IQの場合『理解』てのはまず感覚から入ってくる。うっすらぼんやり形は分かるけどそれを表現できるまでには至っていない、でも自分にとっては自明の感覚、てのを他人に伝えるのはとても難しい。

普通IQにとって学問というのは理解に手間取るものなのかもしれないけど、高IQにとって学問は一瞬で理解できるけれど他者に伝える方法が分からないものになっている。普通IQにとっては漢字練習や計算ドリルなどで反復練習することが学問かもしれないが、自分の感覚を他者にどう伝えるか、というのが高IQにとっての一番の難関になる。

 

で、どうやって伝えるかという部分についてなんだけど、私にとって普通の人の理解の様式が全然わからなくて随分苦労した。でももしかしたら普通の人は目が見えないんじゃないかと思ってみたらちょっと納得できるようになった。

 

目の見える人に空の色を教えるのは簡単だ。ただ一言「空は青色」と言えばいい。それで納得すればそれ以上聞かないだろうしもっと詳しい空の変化が知りたければまた質問してくるだろう。

でも、もし私が目の見えない人に空の色を教えるとしたら、空は青色で、青色はどんな色で、ほかに青色のものは何があって、様々な青の中で空の青はどんな位置づけなのか、どうして人の目には空が青く映るのか、すごく沢山説明すると思う。それだけでも足りなくて、春の空の色と夏の空の色と、時間や天気によって変わる空の色を説明し続けると思う。そして同時に、視覚以外の感覚では天空がどのように捉えられるのか聞き続けると思う。でもどれだけ対話をしても目の見えない人には空の色は分からないし私は視覚以外で天空を捉えることはできない。

 

普通の人は空の色を知らないのではなくて、空を見ることができなくて、だから私達の対話は終わることが無い。

 

 

とまぁ詩的な感じで終わっとけばいんですが、これってビジネスモデルとしてかなりいい感じだと思う。だってどれだけ提供しても飽きることが無い顧客ってわけだから。そのあたりのからくりを理解できれば高IQの人生も少しは楽になるんじゃないかと思います。