雑記帳

リベラルでもフェミでもないただの愚痴

宗教に(少し)救われた時のこと

先祖の霊とか訳の分からない妄言で金を巻き上げるのほんとに許せないんだけど、いくら許せないと騒いでも、いやむしろ騒ぐほどに行き場を失ってのめり込んでいく人がいる。

そういう人をどうすればいいのかまだ私には分からない。だけどまずはそういう人がいることまた人は誰しもそういう状態になりうる可能性があることを周知していくことかなと思うので、私のちょっとした黒歴史をここに披露します。ちなみにこれらは全てフィクションです。実在しません。実在しないんでそこんとこよろしく!



まずひとつは、難病だったり重い障害があったりする子供をもつ母親を眺めていてわかったこと。
医者や看護師としては、母親の悩みとか聞かされても正直、業務外なんで勘弁してとしか言えない。そして現在の日本の医療では延命が最優先とされる。小児ならなおさら。だから医療者としては患者が長生きする方向性を強いることしかできない。これは母親からすればもっとがんばれまだ足りないもっと完璧に治療しろ介護しろお前の葛藤なんか聞くに値しないと常に責め立てられているように聞こえるだろう。こちらとしてもそんなこと分かってはいるがどうしようもない。そこ真面目にやったらやってけないんで。患者や家族なんかより私自身のの稼ぎのがよっぽど大事なんで。

「あいつ死ねばいいのに」は誰もが抱く感情なのに、この社会はそれを許さない。医者も看護師も助産師も役場の人もカウンセラーも、いいのよあなたはよくやっているわそう思って当然よと言ってくれるが最終的には、でもそれは一時的な感情よね本当は患者のことを愛しているのよねまさか本気で死ねばいいとか思っているわけじゃないでしょ今は少し迷ってしまっただけで本心では患者のためならどんな事でも耐えられるでしょ?となる。カウンセラーもあまりに重い話だと拒否られたりする。

そんな中で話を聞いてくれるのは怪しいカルト宗教の人しかいない。
彼らは親身に話を聞いてくれる。同じ重い悩みを抱え、憐れみでなく他人事でなく涙してくれる。なんなら家に上がり込んで家事や介護をしてくれて買い物に行ってくれて役場に同行してくれる。医者も看護師もヘルパーもケアマネも親も兄弟も友人も夫も誰一人やってくれなかったことをやってくれる。世界中が責め立て追い立てる中で唯一匿ってくれる居場所を拒絶することは、たぶん私にはできない。



あと、なんかたぶん、ただの無慈悲な確率でぶちあたる不幸がこの世にあるということに人間は耐えられない。毎日平然と車に乗り飛行機に乗り外出できるのは、オレの乗った車は事故らないと確信しているから。一定の確率で悲惨な事故に合うとかいちいち考えていたら何も出来ない。だから人間は「この世が了解可能なものである」と信じるためならわりとなんでもする。
ガンになるのは感謝の気持ちが足りないからだとか不幸になるのは献金が足りないからだとか、たぶんあれは世界との取り引き体験なのだと思う。私が不幸なのが単なる確率ならばただ翻弄されることしかできない。でも献金が足りないからなら献金を続けることでいつかは救われる。
集団ストーカーという強大な組織が私を監視しているという統合失調症の妄想、あるいは、人間ごときの生贄なんぞで天候がコントロールできるという古代の雨乞い、あるいは数百円のお賽銭で神が私の願いを叶えてくれるという素朴な感覚、すべて「私は私に不幸を及ぼしうる巨大な存在と対等に取り引きできる」という自己効力幻想の発露に過ぎず、残念なことにそれらは全て妄想で、現実は無慈悲なくじ引きで幸不幸が決まる。


これは人間が未来を予測できる知能を持ってしまったが故の脆弱性であり、人間ならば誰もが抱えるもので、ここにパッチをあてるにはこの恐怖と向き合うしかない。
大体の人は毎日のほそんとなんも考えず楽しく生きていて、病気になったとか家族が死んだとかそういうことが起こってからこの世の理不尽について考え始める。そんな軟弱なことだからおかしな宗教にハマる。
介護や医療の現場では、いい歳こいてプライドだけは1人前の思考力幼児が爆誕する。この幼児に根気強く無償の愛で受け入れ導く存在が必要。

なんだがなぁ。。
ぶっちゃけ、教え導くインセンティブが皆無。ぐちぐちぐちぐちぐちぐちと、それこれまでお前が思考停止して棚上げしてきただけじゃん!おまえがこれまでラクしてきたツケをなんで私が払ってやらねばならんのだ。私の親切をどれだけ無償でむしり取る気だ金払え。
てか、真面目に誠実に対応してたら逆恨みされるから、洗脳して金まきあげたほうがお互い幸福。
カルト信者は可哀想な人であり、誰もがなりうる姿であり、同時に人格障害のかまってちゃんメンヘラでもある。

誰もがこの世の理不尽に耐えきれず信仰に縋る時がある。そして理不尽耐性が低く信仰で金を巻き上げられることでしか平穏を得られない人もいる。そういうタイプの人に宗教からの自立を強いるのはお互いに不幸。

ということで、たぶんカルト宗教は根絶できない。自由意志による献金も規制できない。
我々にできるのは、病気とか障害とかイジメとかブラック企業などの高ストレスな環境のときに安全に逃げ込める場所を作ること、あとは福祉と財政を個人単位にして家族の金を使い込めないようにすること、たぶんそういう、最も自民党が嫌うもの、つまり当たり前の人権思想なのだと思う。