雑記帳

リベラルでもフェミでもないただの愚痴

家事分担で揉めないために

食器を誰がどう洗うのか、麦茶はいつ洗うのか、汚したトイレは誰が掃除するのか、共同生活を始めると、家の中をどう維持管理するかで大いに揉める。昔は私も毎日喧嘩していた。いや毎日どころか1時間に1回ペースで大喧嘩してた。

 

これは我々世代の子供時代が専業主婦前世紀だったことを考慮せずに解決はできないと思う。

家の事は主婦が自治するという規範を子供時代に染み込まされてきた我々は、自分のテリトリーが家全体だと無意識に思ってしまっている。

どういうことかというと、例えば食器棚であったり、洗濯物干しであったり、歯ブラシの並べ方であったり、そういった家族の共有スペースのルールは主婦というエラい人が決めていて、絶対王政時代の農民が王を敬うかのように、我々は生まれた時から「エラい人が決めたルール」を当たり前に受け入れて生きてきた。

我々にとっての太陽神であり天皇である「エラい人」は実家を一歩出ると別にエラくない人であり、他家には他家のエラい人がいるというのが我々世代にとってなかなか理解が難しい。

 

江戸時代の庶民だったら風呂や台所やトイレは駅のロッカー並に共有スペースだったから各々のやり方があるのが当然だったかもしれないが、今の人たちは自分の実家ルールを絶対正義だと思ってて、毎日洗濯しないなんてありえない!バターナイフを毎回洗わないなんて不潔!寝る前に歯磨きしないなんて恐ろしい!と平然と他人を焼き尽くし、実家ルールに平伏させようと侵略してくる。

 

 

でも別に、食器にカビが生えるまで放置しておくのも、1週間同じパンツなのも、その辺に靴下脱ぎ散らかすのも、いいじゃん他人のやり方なんてどうでも。問題は「私の食器にカビが生えているか否か」であって、夫の食器がどうなっていようと私には関係ない。夫や子供が自分の食器やパンツやタオルや麦茶や靴下をどうしていようとどうでもいい。

 

食器がシンクに溜まってるのがイヤだから結局私が洗っちゃう、床に靴下が転がっているのが耐えられないから結局洗濯が私の仕事になってしまう、とか、じゃあお前道路のゴミ箱が溢れてたら掃除すんのかよっていう。

夫の靴下を洗ってあげてる、じゃなくて、頼んでもないのに勝手に洗ってるむしろ洗わせてもらってる。食器洗いも床掃除も全部そう。

 

ズボラばかり責められるけど、潔癖も別ベクトルなだけで同罪なんで自分が正しい世界が私にひれ伏すべきと思ってる己の心理をまず見直した方がいいと思う。